キャラメルと月のクラゲ
「じゃあさ、ここに男が五人います。結婚するなら誰で、恋人にするなら誰で、あとセフレにするなら誰か」
用意した食材を食べ終えてお酒の勢いでさらに饒舌《じょうぜつ》になるオトコ達三人。
そこに加わっている鹿山さんと和紗を横目に、私は今後の講義について質問してきたユウキとマイに椋木くんと一緒に説明しようとしていた。
その矢先、ヨウスケの提案で私達までその会話に巻き込まれた。
今度栄川先生の部屋に来て、と私は二人に伝えた。
「じゃあ、最初にカニクリちゃん。誰を選ぶ?」
何を考えているのかわからないヨウスケが私を指名する。
「興味ない」
私が空気も読まずに言い放つと、
「はいはーい! 和紗が答えまーす」
すかさず和紗が名乗り出た。
「和紗だったら、恋人がヨウスケさんで、セフレならマサヤさん、それで結婚するなら、椋木先輩かな」
予想してなかった名前が出てきて焦ったのは私だけではなかった。
「和紗ちゃん、椋木くんに興味あったの?」
梨世がヨウスケ達よりも先に声を上げた。
「えー、どっちかっていうとないですけど、椋木先輩って優しいじゃないですか。だから結婚しても甘やかしてくれそうだなって」
「そんな理由かよ」
私が想わず言うとみんなが少し笑う。
「梨世ちゃんは? 誰がいい?」
鹿山さんの隣をキープしているマサヤに聞かれると鹿山さんは気まずそうに、
「恋人がヨウスケくんで、セフレがマサヤくんで、結婚するなら、椋木くん………」
だんだんと消えていく声で言った。
「和紗と一緒じゃないですかー」
「別に狙って一緒にしたわけじゃないし」
「ほんとですかー?」
そのやり取りを困り顔で椋木くんは見ていた。


オトコっていう生き物はどうしてこうも品のない武勇伝をこうも高らかに語れるのか。
「んでヨウスケの元カノがイツメンの中にいんだけど、宅飲みしてる時に盛り上がっちゃったらしくてさ、オレが寝てる部屋のドアに手付いて立ちバック始めやがってさ」
「それでマサヤが壁を思いっきりたたきまくって穴あけるっていう」
そんな話をキャーキャー言いながら聞いてあげている鹿山さんと和紗達三人もよくやってると思う。
私だったら数秒で無言のままいなくなる。
というか私はもうそのグループから離れて、一人で片付けを始めていた。
あと一、二時間で日が暮れる。
そうなる前に終わらせたかった。
「私、生理不順でピル飲んでるんですけど」
「だったらヤリまくりじゃん」
今度は和紗までが下ネタを話し始めた。
「そうなんですよ。で、セフレとヤったあとに顔とか体とか、じんましんが出ちゃって。最初は気にしなかったんですけど次もその次もあとから出てきて。ヤバいから病院行ったらタンパク質の過剰接種って言われたんですよ」
オトコ達は爆笑していたが、ユウキとマイはきょとんとしていた。
「顔も口も中にもいっぱい出されすぎてヤバかったんですよ」
正直、オンナの下ネタのほうがグロい。
カレシの大きさがどうとか、演技してるのに気付かないとか、早すぎるとか。
「カニクリ、あの子のこといいのか?」
椋木くんと一緒に洗い場まで食器を持ってきたメロスくんが尋ねた。
「もう手に負えないって言うか、どうしようって感じ」
「ああ、わかる気がする」
「メロスくんこそいいの? お姫様がオトコに甘えてるよ」
私とメロスくんの視線の先で鹿山さんがヨウスケにもたれかかっていた。
「私、今年イチ酔ってるー。私、ほんとは強いの。友達のイズちゃんに会ったら聞いてー。ほんとは強いのー」
一見清純そうな和紗とお姉系の鹿山さんが張り合っている。
椋木くんはその姿を見ないように無言で網を洗っていた。
「メロスくんも鹿山さんのことが好きなのかと思ってた」
「友達としてはだよ。だけどオレ、好きなヤツいるし」
「へえ、知らなかった。どんなヒトなの?」
「どんなヒトって、———手の届かない場所にいるヒトだよ」
「手が届かない? どういうこと?」
「住んでる世界が違うんだよ。昔は幼なじみみたいな関係だったんだけどさ」
「幼なじみ? その子も静岡の子?」
「いや、隣の家の幼なじみのいとこ」
「今は学生?」
「ううん。モデル」
「そういうことか。だから、あきらめるってこと?」
「あきらめるとかあきらめないとかじゃなくて、今のままじゃ同じステージにすら立てない―――」
初めてメロスくんが真剣な眼差しをしていた。
いつもここよりもどこか遠いところを見ているのは、その彼女のいる場所を見ていたからだったのかもしれない。
「その子が、最初にメロスって呼んだんだ。一生懸命走っているのがかっこいいって」
「ねえねえ、何の話?」
ほんとうに酔っているのか、酔っているフリをしているだけなのかわからない鹿山さんが現れた。
「メロスくんの小さい頃の話よ」
「ふーん。ねえ、椋木くん。お水ちょーだい」
「………はい」
椋木くんは無愛想に洗ったコップに水を入れて渡した。
「で、メロスはどんなコドモだったの?」
「ん? ガキ大将みたいな感じていうのかな」
「何それ?」
「ギャングエイジの典型例みたいなモノよ。同世代のコドモ達が徒党を組んで遊んだり行動したりする仲間の中心人物だったって話」
「さすがカニクリちゃん。頭よすぎてよくわからない」
それはそうだ。
今のはわざと難しく言ったのだ。
そんなろれつの回らないフリをしているようなオンナにちゃんとわかるように説明してやる義理はない。
「梨世ちゃん! 梨世ちゃんはさ、モテるオトコとモテないオトコのどっちがいい?」
ヨウスケが急にこちらへ走ってきてまたくだらない話をし出した。
「んー、モテないよりかはカノジョがいてもモテるほうがいいかな」
この鹿山梨世という人間を知れば知るほど湧き上がる感情は何なんだろうか。
そんな答えでは自分は浮気されることを自己肯定しているようなものではないか。
「ミツさーん! もう片付け終わるから帰る支度して!」
私は目の前で繰り広げられる自虐的な鹿山さんのトークを聞きたくなくて、その場から立ち去った。

***

「ちっとも楽しくなかった」
僕が駅前のベンチに座り込んでつぶやくと、でしょうね、とカニクリは笑った。
「今日は家でシズクが待ってるの?」
最近休みのたびにこっちに来ているシズクは週末だけ同棲しているような状態だった。
「あ、うん。肉食べさせろって言ってる」
「アイツ、お肉食べるんだ?」
「ちょっとだけね。すぐにいらないって言うけど」
「らしいね」
メロスの運転で帰ってきた僕達は、和紗達三人とヨウスケとマサヤを駅から見送ってから、レンタカーを返しに言ったミツさんとメロスを待っていた。
「ねえ、カニクリ。今日泊まってかない?」
コンビニのトイレから戻ってきた鹿山さんがカニクリの隣に座るともたれて甘えだした。
「何でよ」
「今日はイズちゃんがカレシとデートだから晩ご飯作ってくれるヒトいないんだよ」
「だったらヨウスケさん達と行けばよかったじゃない」
「嫌だ。だって好みじゃないんだもん」
「あんだけやっておいてよく言うよね」
「んー、友達でもそれくらいするでしょ?」
「どんな友達だよ。そもそも私は男女の友情なんて存在しないと思ってるけどね」
「そうかな。私はあると思うよ。椋木くんはどう思う?」
「僕も、あるとは思うかな」
「それは相手が恋愛対象じゃないからだよ。どちらかに恋愛感情があったら成立しない。オンナからすればあっても、オトコからすればそれは好意で愛情で性対象として見てたら存在できない。まあ、ただ結論は出ないままで話のネタとして議論を続けたいだけなのかもしれないね」
カニクリの持論が展開されるのを僕と鹿山さんが黙ってきいているとメロスとミツさんが戻ってきた。
「お疲れー。カニクリ熱く語ってたけど何の話?」
「男女の友情はあるのかって話。ミツさんはどう思う?」
「オレはその子が落とせなかったら友達になるかな。つーか梨世ちゃんってオレら以外に友達いないの?」
「親友って呼べる友達はいないかな。知り合いはいっぱいいるけど、友達はいない。てか、ミツさんは友達じゃないけどね」
「おいおい。失礼だな。オレは友達だと思ってるよ」
「それはそれはどうもありがとう。やっぱ男女の友情はないのかもね」
男女の友情がないのだとしたら、僕らのこの距離感を何と言えばいいのだろうか、と僕は鹿山さんの笑顔を見て思った。
「だけどないとしたら、友達以上恋人未満の関係もないってことなのかな。………何かもうわけわかんないからいいや」
「それは梨世の好意のレベルによって違うんじゃねえの? たまに会うくらいがちょうどいいとか、一緒にいて楽しいとか、毎日会いたいとか」
「メロスは毎日会いたいヒトいるもんねー」
「うるせーなー」
「いいよねー。そういう付き合う前のドキドキする関係がいいよねー」
「何言ってんだコイツは」
カニクリは相変わらずキツいツッコミをいれる。
「だったらさ、付き合う可能性がゼロでも友達として優しくしてたらいつか恋人になるってことなのかな?」
ふと思って僕が口を開くと、
「それってさ、可能性を期待しているほうからしたら辛いよね。ゼロのままで進展なくて、そしたら向こうに恋人ができるんだよ」
隣に座るカニクリがどこか先を見ながら話し出す。
「それでも、それでもだよ。好きになってくれる可能性がゼロだとわかっていても、どうしようもなく会いたくなったり何してるか気になったりしたら、それはもう大好きってことなんじゃないかな」
そっと僕を見たカニクリの瞳が潤んで街灯の光をゆらゆらと反射していた。
「カニクリ………」
僕はカニクリにかける言葉を見失っていた。
カニクリがそんなふうに思っているなんて知らなかった。
それと同時に、僕の中にも同じ気持ちがあった。
会えなければ、何をしているのか気になる。
会えたとしても、僕以外のヒトと話しているのはうれしくなくてついつい興味のないフリをしているのに気になっている。
ああ、僕は彼女が好きなのかもしれない。
いやきっと、これは好きだというのが正しい。
と、僕はカニクリの隣に座る彼女を見つめた。

***

< 25 / 49 >

この作品をシェア

pagetop