偽りのヒーロー




 「それはちょっと先の話ね」と、けたけたと笑う母に対して、父は悩まし気い微笑んでいた。

にわかに母の病気がちなことを知った頃には、既に小学生になっていた。成長の早い女の子。

クリスマスが来るたび、自分の無謀なおねだりを思い出すと、管を巻いた。



 菜子が高学年を迎えた頃、食卓に母子手帳と書かれたものが置いてあった。

母に聞けば、「菜子はお姉さんになるのよ。やっとサンタさんからいい返事がもらえたわ」と笑みを浮かべていた。




 産まれた子供は小さな男の子だった。

猿みたいなしわくちゃの顔を、「あなたに似てる」と父の顔を見て笑っていた。9歳差の、小さな弟は目に入れても痛くないくらいの、本当に可愛らしい男の子だった。




 ほどなくして、母が入院を繰り返すようになった。

時折、車いすに乗るようにもなった。小さな弟を膝に乗せると、「このまま移動ができるなんてラッキーなものね」と言い放った。





 小さな弟が大きくなるのと引き換えに、どんどん母は痩せていった。次第に厚着をして細くなった身体を隠すようにして。

菜子は自分をせめずにはいられなかった。自分のせいで、母を短命に追いやったのかと思うと、どうにも悔やみくれない。



 「私のせいで」、その言葉を菜子が呟くようになった頃、細い腕でぺしんと頭を叩かれた。



泣きそうな菜子の顔を見ると、母は困ったように苦笑する。


けれど頑張って採った100点も、中学のバスケットボールの地区大会の優勝旗の写真も、菜子が笑って話しをすると、嬉しそうに耳を傾ける。



「お父さんと、楓のことはお願いね」



 そう母が言ったのは、二人きりの病室での出来事だった。




ご飯も作れない父の代わりに、たくさんの料理を覚えた。


菜子が数えきれないくらいの母親の味を覚えた頃、母はもうご飯を食べることができなかった。


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