偽りのヒーロー
不思議そうな顔をする菜子に、紫璃が小さく呟いた。
夕日の差した階段の踊り場。紫璃の表情は、逆光で見ることができない。ただ、夕日で赤く染まっているのだけは、菜子の目に眩し気に映っていた。
「わからないけど、そうなるかもしれないし……。だからその手、放してもらっていい? 早く行かなきゃ」
ぐい、と引っ張るカバンの持ち手は、なかなか紫璃の手から放れない。次第に苛々した様子を見せる菜子に、紫璃は口を開いた。
「誰でもいいなら俺にしとけば」
ずるりと菜子の肩から落ちたカバンを、紫璃が代わりに背負って階段を下っている。その後を追うことなく、呆然と立ちつくす菜子。
来た道をまた戻り、ついて来ないで突っ立っている菜子の顔の前を、ひらひらと手のひらを振って見せた。
我に返った菜子が、目をぱちくりとさせている。
頬を抓って首を傾げては、何の反応も見せない。何を思ったのか、向かいに立つ紫璃の頬を力いっぱいに抓る。「痛えよ」と笑う紫璃の頬を、焦って柔らかい手のひらで擦っていた。
「……校門にいたやつ、先帰ってもらったから」
上下に振ったり左右に振ったり。忙しない菜子の頭が右往左往としている。何を考えているのか、ちっともわからないその動き。
しかし、真っ赤になった菜子の顔を見て、照れていることだけは伝わっていた。
「私、告白されたの?」
何を当然のことを、紫璃はその言葉を飲み込んだ。狼狽えている菜子が、初めてされたとばかりに新鮮なその態度。
顔を見ようと腰を折ると、菜子の手でそれを制された。
「……ごめん、恥ずかしくて顔見せられない」
「もう見えてっから。平気だろ」
くく、と笑う紫璃に手を引かれ、菜子はようやく足を動かした。平然と見えていた紫璃の手が、驚くほどに熱を帯びている。
何も言わない菜子の手を、紫璃は黙って握ったままでいた。
彼氏が欲しいなどという考えは浅はかかもしれない。
ソファーに身体を預けた菜子は、紫璃の顔を思い描いていた。
彼氏をつくるということは、告白を受け入れるということであって。告白をされたことすらない菜子は、どうにもいつも通りではいられない。