偽りのヒーロー



 喫茶店に入ると、晩御飯を兼ねた注文に、少しだけ原田は心躍っていた。

菖蒲が注文したグラタン。熱さで口に入れられず、ふうふうと冷まそうとしている姿が微笑ましい。

冷めるまでの時間がかかることで、僅かに一緒にいられる時間が長くなるかと思えば、少しだけ、嬉しくなるのが本当のところだ。




 「あのね」と呟く原田の声が、菖蒲には聞こえていなかった。窓の外から見える景色に、必死で追っていたからだった。

 ——結城に見える。けれど隣にいるのは菜子じゃないように思う。思わず眉間に皺が寄っていたようで、原田が再び声をかけてきた。



「……原田くん。あれ、結城に見える?」



 外の景色を指さして、なるべく顔を紫璃の正面に向けないように視線を送った。

万が一でも、紫璃がこちらを見ていたら、はっきりとした菖蒲の顔立ちが確認されてしまうかもしれないから。





 原田が外を見ると、人混みに紛れているその一人の人をなかなかに探し出せないようで、しきりに目を細めていた。はっきりとは見て取れないらしい。

けれど遠目から見た姿形で、紫璃と確認しかけるも、菖蒲に濁した答えを述べた。



「うーん、結城っぽくは見えるけど……暗くてはっきりわかんないな。でも隣の女の子……あ、菜子じゃない気もするし……どうだろ」



 眉間に皺を寄せる菖蒲は、きっと浮気を疑っているのかもしれない。不安な顔はなんだか苛々しているようにも思えて、そこまで思われている菜子に嫉妬しそうだ。



「菖蒲ちゃん、グラタン冷めちゃうよ。食べよ」



 そういうと、菖蒲は窓の外から視線を外した。


本当は、しっかりと結城も見えたし、こちらはなんとなくだけれど、女の人は菜子じゃない。

遠目から見て、並んだ背丈の感じは、学校で見る二人と同じようにも思えたけど、女性を見る紫璃の顔が、教室で見るものと違うように見えたから。



菖蒲には言わない。特に言及することもない。

自分の中だけにとどめておくことにする、と原田は決めた。



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