偽りのヒーロー


 在校生の座るゴツゴツした教室の椅子と違って、僅かに沈む柔らかい椅子が門出を祝う。

新入生代表の挨拶をしている体育館の壇上に立つ生徒の柔らかい声が心地良くて、ついうとうとしてしまう。

回りの生徒が礼をするのにならって、慌てて礼をした。

代表の挨拶をした男子生徒が席につくのを目で追いかけると、手をヒラヒラさせる生徒が視線に入ってきて、思わずにっと笑みを向けた。



「知り合い?」

「幼馴染なの」


 手を振ったその男子生徒の名、一之瀬未蔓(いちのせ みつる)。

同じマンションに住んでいて、幼い頃から家族ぐるみで付き合いのある友人だ。

嫌がっていたメガネも、いつの間にかかけるようになって、体育館の照明でキラリとレンズが光っていた。そんなサラリと笑う未蔓を見て、こんなことなら一緒に来てもらえばよかったな、と後悔が募る。



「菜子、遅刻したんだって?」


 小馬鹿にした様子で、下駄箱にもたれかかる未蔓。


「ぎりぎりしてないから」


 じろりとその幼馴染を睨みつけると、
「だから一緒に行こうって言ったのに」
という言葉をかき消すように、音をたててローファーを床に落とした。



 なんとなく、未蔓と一緒に行くのは気が引けた。幼馴染というだけで、あまりにも寄りかかりすぎている気がして。

誰に言われたわけでもないけれど、一人で大丈夫だと、自分自身を納得させたかった。
安易な考えかもしれないが、まずは一人で為せることが、一人で通学することだったのだ。



 同じくする帰路は、2人を自然と同じように歩み進めて、いつの間にか一緒に電車に乗っていた。ん、と顎で空いている席に誘導され、気づけば世間話なんかをしてしまっていた。



 未蔓は7組になったらしい。

新入生代表の挨拶を努めた秀才がいて、今から「宿題見せてもらえる」と、顔を綻ばせていた。

1組と7組は端っこ同士のクラスで、下駄箱の位置も遠ければ、教室まで行く階段も違うところに位置しているらしい。無論、好んで遠回りをしたら意味をなさないけれど。


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