空の下の笑顔の樹
第二章 あたしの中の私
   第二章 あたしの中の私

「お姉ちゃん! 今日こそは絶対に負けないからね!」
「昨日も負けたくせに、ずいぶん強気ね。何回やったって、結果は同じだよ」
「やってみないとわからないでしょ。それじゃあ、いくよ。よーい! スタート!」
 学校から帰ってきてから、いっこ下の妹の真奈美とマンションの階段を駆け上がって、五階の部屋まで競争することがあたしの日課だ。負けた方が勝った方に自分のおやつを半分あげるルールで、二百回以上もやってきたけど、あたしは一度も負けたことがない。
「はあはあ、はあはあ。あーあ、またお姉ちゃんに負けちゃった」
 息を切らしながら膝に両手をついて、悔しそうにしている真奈美。
「だから言ったでしょ。何回やったって、結果は同じだよって」
 今日も真奈美に勝って、勝ち誇っているあたし。
「ほんとむかつく! 明日こそは絶対に負けないからね!」
 真奈美は負けず嫌いな性格なので、どんなに負け続けても、果敢に勝負を挑んでくる。競争を始めた頃と比べると、だいぶ速くなってきた真奈美だけど、あたしに勝てる日は来ないと思う。
「お母さん、ただいま」
「おかえり」
 あたしと真奈美の帰りをいつも待ってくれているお母さんは、午前中だけスーパーでパートをしていて、午後は家の家事をしている。掃除機ブイーン!
「今日は、どっちが勝ったの?」
 リビングの掃除をしていたお母さんが、掃除機のスイッチを切って、あたしと真奈美の勝負の結果を聞いてきた。
「今日もあたしが勝ったよ」
「また真奈美がふてくされてるわよ。少しは手加減してあげたら?」
「手加減したら、真奈美のためにならないから、絶対に手加減しないよ」
「美咲も負けず嫌いな性格だからねえ」
「自分では、負けず嫌いな性格だとは思ってないけどね」
「ねえねえ、お母さん。コンビニにお菓子を買いに行きたいから、百円ちょうだい」
 あたしとお母さんの会話に割り込んできて、ランドセルを背負ったまま、お母さんにお小遣いをおねだりしている真奈美。しばしば見かける光景だ。
「こないだお小遣いをあげたばかりでしょ?」
「もうとっくに使っちゃったもん。今日もお姉ちゃんに負けちゃって、おやつを半分あげないといけないから、早くちょうだい」
「しょうがないわねえ。じゃあ、トイレ掃除をしてくれたら、百円あげるわよ」
「わかった! すぐに掃除する!」
 大きな声で返事をした真奈美は、子供部屋にランドセルを置いて、一目散にトイレに駆け込んでいった。
「おトイレちゃん、すぐにピカピカにするからね」
 お小遣い稼ぎのために、トイレ掃除を始めた真奈美の月のお小遣いは八百円。あたしの月のお小遣いは千円。あたしも真奈美も、小学一年生の時からお小遣いをもらえるようになり、一学年上がるごとに、月のお小遣いが二百円ずつ上がっていく仕組みだ。お母さんはとても温厚な人柄だし、教育ママというわけでもないので、そんなに勉強しろとも言わないし、しつけもそんなに厳しくないけど、とにかくお金のことになると厳しい。七年前に買ったマンションのローンが、まだまだいっぱい残ってるみたいだし、あたしと真奈美にお金の有り難味を教えるためのか、どんなにおねだりしても、そう簡単にはお小遣いをくれない。トイレ掃除やお風呂掃除などの家事を手伝うと、毎月のお小遣い以外にお金をくれる。
「あ、そうそう。お菓子と聞いて思い出したんだけど、今日はすごく珍しいチラシが入ってたのよ。青空公園の近くに、駄菓子屋さんがオープンするんですって」
「駄菓子屋さんてなあに?」
「美咲と真奈美が、いつもコンビニで買ってるお菓子がいっぱい並べられているお店のことよ」
「へえ、そんなお菓子屋さんがあるんだ。駄菓子屋さんは、いつオープンするの?」
「チラシには、来週の土曜日と書かれてあったわよ」
「じゃあ、駄菓子屋さんがオープンしたら、さっそく行ってみようかな」
「うちも駄菓子屋さんに行く!」
 お母さんとあたしの会話に耳を傾けていたのか、真奈美はトイレ掃除をやめて、リビングに戻ってきた。
「真奈美は早くトイレ掃除をしなさいよ」
「するって言ってるでしょ! いちいちうるさいなあ!」
「まあまあ、二人とも。来週の土曜日は、お父さんも休みだって言ってたから、家族みんなで駄菓子屋さんに行こうか」
「わーい! 早くトイレ掃除を済ませちゃおっと!」
 真奈美は大はしゃぎしながら、再びトイレに駆け込んでいった。
「お母さん、駄菓子屋さんのチラシを見せて」
「うん。ちょっと待っててね」
 お母さんが見せてくれた駄菓子屋さんのチラシには、六月七日の土曜日に、開店記念セールを行います。昔ながらの駄菓子やおもちゃをご堪能ください。と書かれてあった。
「すごく楽しみだね」
「そうね。待ちきれないわ」
 駄菓子屋さんのチラシを見て、とっても嬉しそうにしているお母さんもあたしもトイレ掃除に励んでいる真奈美もお菓子が大好き。

 ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪

 あたしは嬉しいことがあると、鼻歌を歌う癖がある。常日頃から、あたしの鼻歌を聴いているお母さんに言わせてみると、声のトーンや高さによって、機嫌の良さがわかるとのこと。
「お母さん、トイレ掃除が終わったよ」
「お疲れ様。はい、お駄賃の百円ね」
「どうもありがとう! コンビニに行ってくるね!」
 お母さんから百円玉を受け取った真奈美は、貯金箱から一円玉と五円玉を取り出して、靴を履いて外に飛び出していった。あたしは真奈美がコンビニに行ってる間に、めんどくさい宿題をささっと終わらせて、スケッチブックを開き、色鉛筆を手元に置いて、おやつを食べながら、駄菓子屋さんの絵を描いてみることにした。イチ、ニ、サン、シ。イチ、ニ、サン、シ。あたしは絵を描く前に必ず指の体操をする。
「駄菓子屋さんて、どんな感じのお店なのかなあ」
 あたしは駄菓子屋さんに行ったことがないし、お母さんが見せてくれた駄菓子屋さんのチラシには、お店の写真は載っていなかったので、頭の中で好きなようにイメージを膨らませて描いてみた。屋根はビスケット。壁はチョコレート。お店の中にはあたしの好きなお菓子だらけ。
 
 びっくりチョコ びっくりチョコ びっくりチョコ びっくりチョコ びっくりチョコ
 ぷちチョコ ぷちチョコ ぷちチョコ ぷちチョコ ぷちチョコ
 ちょびっつチョコ ちょびっつチョコ ちょびっつチョコ ちょびっつチョコ
 麦チョコ 麦チョコ 麦チョコ 麦チョコ 麦チョコ 麦チョコ 麦チョコ 
 ポッキー ポッキー ポッキー ポッキー ポッキー ポッキー ポッキー ポッキー
 チョコボール チョコボール チョコボール チョコボール チョコボール
 アーモンドチョコ アーモンドチョコ アーモンドチョコ アーモンドチョコ
 ポテトチップス コンソメパンチ うすしお味 バターしょうゆ味 
 ポップコーン しお味 チーズ味 バターしょうゆ味
 うまい棒 チョコレート味 チーズ味 たこ焼き味 めんたい味
 よっちゃんいか よっちゃんいか よっちゃんいか よっちゃんいか よっちゃんいか
 ソフトさきいか ソフトさきいか ソフトさきいか ソフトさきいか
 すこんぶ すこんぶ すこんぶ すこんぶ すこんぶ すこんぶ すこんぶ
 柿ピー 柿ピー 柿ピー 柿ピー 柿ピー 柿ピー 柿ピー 柿ピー 柿ピー
 ビーフジャーキー 魚肉ソーセージ





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