白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように

 夏が過ぎ、その余韻を惜しむように秋が深まる。心を刺すような風とは裏腹に、暖かい感情が宿う冬の季節が来た。 

 もう、この頃にはお互いの家を当たり前の様に行き来する仲になっていた。当然、お互いの親も僕らのことを知っている。僕の姉も、「疎いあんたがねぇ」と言いながらも美野里とは大の仲良しだ。彼女の母親も僕の事をいつも歓迎してくれた。最も、共働きで忙しい彼女の親と合うのはあまり無かったのだが……


 美野里はクリスマスのプレゼントにある本を僕にくれた。綺麗にラッピングをしてリボンまで付けてあった。
 そして、一枚のメモが添えてある。

 「達哉の作家人生に」と一言だけ書き添えてあった。


 それは一つの切なく悲しいラブストーリーだった。


 後で訊いたが、この本を描く作家は、美野里が崇拝するほど好きな作家だった。だからだろう。彼女の描く小説に似ていた。いやそれを言うならば、美野里が真似ていたのだろう。好きな言葉や言い回しなどを。

 ある日この本を読んだ僕に美野里は


 「達哉、恋愛小説書いてみない」と言ってきた。


 「ええ、恋愛小説。む、無理だよ」

 「いいから、短編でいいから出来たら読ませてね」

 美野里は断る僕を押し切り、半ば強制的に恋愛小説を書かせた。

 それからと言うもの、編集担当にダメ出しを食らう作家の様に「んん、まだまだね」「没」と一言で返されたり「ホント、相手の気持ち解ってないねぇ」などとダメ出しばかり食らっていた。

 そんな美野里も、自分が崇拝するあの作家から脱っせようと苦しんでいた。

 「ああ、やっぱ今まで真似ていたのが行けなかったわ。どうしても抜け切れない」

 「そんなことないよ。だいぶ感じが変わってきたよ」
 そんな僕に美野里は

 「だいぶじゃダメなの。私が私じゃなきゃ行けないの」

  そんな事を言いながら「まだまだ」と言って僕の原稿を突っ返す。

 僕らも高校最後の年になり、大学受験というもう一つの目標に向かわなければ行けなかった。

 「なぁ、美野里。お前どこの大学受けるんだ。いい加減白状しろよ」

 夏休みも終わろうとしている頃、すでに進学メンバーは自分の志望校を決めていた。でも美野里に何度訊いても帰ってくる返事は

 「まだ決めていない」こればかりだった。

 出来ることなら、美野里と同じ大学に行ければ、もし違ったとしてもお互い近くであればいつでも会える。もしかしたら一緒に暮らせるかもしれない。そんな淡い想いを抱いていた。

 僕は、美野里とこれからもずっと一緒に……



 そんな想いは突如引き裂かれた。



 夏休みもあと数日となったある日、美野里からメールが来た。

 ***冨喜摩美野里

 達哉、風邪引いたみたい。体調悪いから今度は学校で会いましょ。

 ***

 その時は、なぁんだと軽い気持ちで返信をした。

 ***亜咲達哉

 腹出して寝てたんだろ。解ったしっかり治せ。

 ***

 そうやって返信をした。

 そして夏休みが終わる2日前。美野里からメールが来た。


 ***冨喜摩美野里

 公園に来て

 ***

 ただ「公園に来て」とだけの

 急いで行くと美野里はいつものベンチに座っていた。

 「美野里、外出て大丈夫なのか」

 美野里は俯きながら小さく頷く。 
 
 「どうしたんだ」

 美野里は鞄からモバイルノートを取り出し、イヤホンを僕に渡した。

 イヤホンを耳に付けると


 「達哉、ごめん。……別れよ」


 一瞬耳を疑った。

 「どうして、どうして美野里」

 美野里はタイプをする。

 「私、北海道に行くの。お父さんの転勤もあって……」

 「北海道?どうして、どうして黙っていたの」

 「い、言えなかった」

 「でも僕ら高校を卒業すれば、大学生だ。そうすれば、そうすれば……」

 「ううん、私も北海道の大学に行くの。もう行く大学も決めているの」


 「そ、そんな勝手だよ」


 「うん、私の勝手。ごめん達哉」


 「ご、めん……な……さ……い」


 美野里は僕に抱き付き大声で泣いた。声にならない声で、何度も込み上げる嗚咽が彼女を苦しめながら。
 葉が擦れあう音がする。いつもの噴水は止まっていた。


 彼女を呼ぶクラクションが鳴った。

 美野里は僕に一枚のレター封筒を手渡し、彼女を呼ぶ車に向かう。

 その時、美野里は一度も振り返らなかった。


 美野里を乗せた車は静かに動き出す。成す術がなく、ただ立ち竦む僕を置いて……



 亜咲達哉 様

 ごめんなさい。今まで黙っていて。

 ありがとう、いつも一人だった私と一緒にいてくれて

 地味で誰とも関わらない様に生きていた私を、表の舞台に上げてくれた。

 話す事の出来ない私を達哉は、こんなにも愛してくれた。


 私にとって一生の思い出。


 達哉、私もあなたの事を愛しています。達哉に負けないくらい。


 私は達哉を愛しています。


 でも、あなたはこれから今以上に明るい、輝ける舞台に立てる人です。

 私はあなたの重荷にはなりたくない。

 達哉、あなたが描く小説。あなたの言葉、あなたの想い、全てが今、そしてこれから生き様としている。

 あなたは何も感じていないでしょ。だって達哉は恋愛にとても疎いもの。

 あなたの描く恋愛小説。

 私は好きです。

 あなたの描く一文字一文字、そしてあなたが描く世界。

 私は好きです。そして、多くの人があなたの描く世界を好きになるはずです。

 私は、あなたの思い出を胸に、将来作家になることを目指します。

 もし、私の小説が書籍化されたら読んでくださいね。貴方に負けないくらい成長した私の姿を……



 達哉、ありがとう。私に夢と目標を与えてくれた人。


 亜咲達哉へ。

 冨喜摩美野里。


 その後、彼女からの連絡はなかった。そして、僕も連絡はしなかった。


 僕はこの時、誓った。

 作家になると。

 そして、反対を押し切り、志望大学を変えた。

 文系の大学へ



 彼女、冨喜摩 美野里の本が書店に並んだのは、僕が一年遅れて大学を卒業する頃だった。



 「私に声をくれた人」第○○回○○○賞受賞 冨喜摩 美野里 「初めて出した彼女の声は 天使の囁きだった」



 初めて美野里が自分の声を出した瞬間だった。 


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