素直の向こうがわ
「あ、ああ、悪かった」
私の声で我に返ったようにこちらを振り向き、手を離した。
たどり着いた場所は、校舎の一番奥にある滅多に使われることのない空き教室の前だ。私たちの教室からは随分とかけ離れている。
それだけ、河野の意識はどこかに向かっていたということだ。
やっと私を見てくれた河野の顔は、いつもの表情を無理に作ったようなものだった。
河野はそれから、廊下側にある開いていた窓に肘を付き外に目をやっていた。
その横顔がどこを見ているのか分からなくて、河野との距離を感じて私はすぐにその横に立った。
「あの、ごめんね」
何を言うべきなのか、何を言わないべきなのか、全然答えなんて出なくて結局そんな言葉しか出て来ない。
私は一体何を謝っているのだろう。
もう手首から河野の手は離れているのに、まだじんじんとその痛みが残っている。
「何が? こっちこそ悪かった。こんなとこまで連れ出して」
外を見ていたその目が私に向けられる。
航に向けていたあの目が信じられなくなるほど、私を気遣う優しい目だ。
そんな河野に胸がチクリと痛む。
絶対、嫌だったに決まってる。
河野が謝ることなんてない。
だから必死で頭を横に振る。
何を伝えるべきなのか分からなくて俯くことしか出来ない。
その時――。私の髪に何かが触れた。
その感触に顔を上げれば、河野が私の髪をすくい、上から下へと撫でる。
そこは、さっき航が触れたところと同じ場所。
河野の指の感触に身体が震えた。