婚前同居~イジワル御曹司とひとつ屋根の下~
『本当のところ、まだ社会人として丸五年の経験しかない私が、皆さんの前に立ち、激励なんかするのもおこがましいと思っています。ですが、顔と名前を覚えてもらういい機会なので、引き受けました』


静かにゆっくりと紡がれる樹さんの心からの語り掛けに、私は思わず胸にギュッと手を当てていた。
それは周りのみんなも一緒だったのかもしれない。
私の隣の女子が、ゴクッと喉を鳴らすのが聞こえた。


『生まれた時から社長の座をゴールにレールが敷かれています。敢えて自分で走らなくても、転がり着きます。でも、ほんの五分のコメントにも耳を傾けてもらえない人間のままで、社長になるつもりはありません。私は、皆さんに支えてもらいながら、先頭切って引っ張っていく人間にならなければいけない。ですが今、私にはリーダーシップが不足していると痛感致しました。今後はこれまで以上に、精進していく所存です』


丁寧な言葉にわずかに皮肉を含ませながら、樹さんはその端正な顔を大きく上げて、次の言葉を私たちに向けた。


『新入社員の皆さんも、それぞれの目標を胸に日々精進していくことになるかと思いますが、いつか役付者になる頃には、部下の話に耳を傾け、受け止める包容力と柔軟性を兼ね備えた上司になってください。部下に慕われる社員は、企業の宝です。いえ、どうか、いずれトップに立つ私の宝になってください。その頃には……』
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