婚前同居~イジワル御曹司とひとつ屋根の下~
言い返したいのはやまやまだったけど、更に呪文を畳み掛けてしまう気がして、私はグッと言葉をのんだ。
顔を俯けたまま、意味もなくシャツの裾を両手で引っ張って口籠る私の前で、しっかりと靴を履いた樹さんがまっすぐ背を伸ばした。


上から見下ろされているのがわかるけれど、とても顔を上げることが出来ない。
見上げたら、樹さんの唇ばかりを見てしまいそうだし、絶対視線の向く先を見透かされてしまう。
私はキュッと唇を噛み締めて樹さんの黒い革靴の爪先ばかり見ていた。


そんな私の頭上で、フッと小さな笑い声が聞こえる。
その声につられて無意識に顔を上げた途端……。


「っ……!!」

「あのなあ……。お前、オフィスにその顔で来るなよ」


腰を屈めながら私を覗き込む樹さんにそう言われて、あまりの近さにドッキ~ンと胸が飛び上がった。
つい今までまっすぐ見ることも出来なかったのに、やっぱり唇に目がいってしまう。
慌てて宙に泳がせた視線を強引に合わせられ、自分でもどうにも出来ないほど動揺して、視線を逃がす方向にも困ってしまう。


「そ、その顔って……ふぐっ」


結局目を伏せて呟くと、樹さんは私の両頬を片手でギュッと掴んだ。
頬の肉を無理矢理顔の真ん中に寄せられたせいで、唇が突き出てしまう。
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