いつも酔ってる林檎さんが、イケメン毒舌上司に呪いをかけるお話
「なるほど。これも後輩ヤリマンの実態か」
目ヂカラに撃ち抜かれるのはいつもの事なのに、今日は何だかいつもと違う所が突き抜けたような気がする。
「ち、違いますっ。宇佐美くんがそんな事初めて言うから。あたしも今初めて聞いたんです。それでお互い動揺しただけです」
部長は煙草を取り出して、
「どこで仕事をするか。俺が決める事じゃない。そうしたければそれは自由だ」
ここが禁煙と気付いたのか、箱をくしゃっと握り潰した。
その程度の出来事。それほど大した事じゃないと、文字通り、くしゃっと聞き流されたような。店内音楽にも負ける、お軽い音だな。
「そう言えば、3課のクリエイターが差し替えたらしい資料が届いてないけど」
「デスクにあります。僕が朝一番で取り寄せました」
「あたしも、それ見ました」
あたしは大ウソ。だが鈴木くんは、ちゃんと用意したという確信があるのだ。濁りの無い眼差しが、その証拠である。あたしは1つの企みを持って、これにワザと便乗。そこで意気揚々と立ち上がった。女の子達よ、聞けっ!
「クリエイターのデータ整理が雑だって批判されますけど、上杉部長のデスクだってジャングルみたいじゃないですか。どっかに紛れてるんですよ。何でも人のせいにする前に、たまにはご自身で整理整頓をなさった方がいいのでは」
言ってはみたものの、軽蔑というにはパンチが足りないな。ちくっと盛るか。
「部下や同僚、他人を批判する前に、ご自身の言動こそ批判されるべきではないでしょうか。整理整頓のみならず、パワハラセクハラという普段の行いがもう嘆かわしい限り。道徳の観点から、部長こそ中2からやり直してはどうでしょう」
まるで選挙に立候補したみたい。後半、殆ど論点のスリ替えで乗り越えた。
こうして欠点をイジって笑い飛ばしたら、胸内に溜まる感情も収まってくる。その上、ここまで偉そうに言われたら、部長だってそんな女、顔も見たくないだろう。宇佐美くんを見送ったら、もう雑用も降りてこない。
「なるほど」
部長はそこでネクタイを緩めると、「このレベルのアウェー空間は久しぶりだ」
こっちが喜ぶのは早かった。
「言っとくが、俺はあのデスクを使った事は無い。ずっと単なる書類置き場だ」
こいつらの……部長が指をさしたら、その先で鈴木くんが両手を重ねて、ぺこぺこしている。うそ。マジか。
「確かに。人の事をどうこう言う前に、ご自身で整理整頓だな。社会人として」
「も、申し訳ございません。デスクは整理して、書類はすぐにお届けしますっ」
「あぁぁーっ」あたしは頭を抱えた。これじゃ、鈴木くん残念データ、だ。
「勢いだけで適当な事言うからこんな事になる。それでも大人か。嘆かわしい限りだ。そんなに後輩と絡みたいなら、おまえも中2からやり直せ。その幼稚な頭にはちょうどいいだろ」
部長は「これでチャラにしてやる」と残りのサンドイッチを一気食いした。
どこがチャラになったのか、未だ分からないぃぃーっ。
「さっそくだけど」
上杉部長はそこから勢い挽回するみたいに、鈴木くんに用事をまくしたてた。まるで、あたしが意地張ったせいで、鈴木くんがブッ込まれているように思えてならない。先輩として何とかフォロー出来ないかと頭の中でバタバタしていると、
「林檎は、お茶2つ。2時に第1応接室だ」
上杉部長はそこでメガネを外して、目頭を押さえた。
え。え。え。数字が続いて記憶が追い付かない。「え、どれが1?どれが2?」
ていうか、「あたし、雑用復活ですか」
「宇佐美が卒業間近と言うなら、それぐらいの余裕あるだろ」
残念データはどうした?顔も見たくなくなるんじゃなかったか。
欠点を期待する所か、あたしは小躍りしそうになった。雑用を言われて嬉しいなんて、こんな事ってある?
そこでサンドイッチが消えた後の皿をひょいと渡されて、さっそく雑用かと思っていると、「大事な顧客だ。ノーパンでサービスに来たら殺すぞ」と耳元で囁かれた。セクハラです!と責めるはずが……コーヒーの香りと耳元で囁く甘い声に刺激されて、良からぬ妄想領域に引きずり込まれそう。いやこれはセクハラだ!2つのせめぎ合いが脳疲労を引き起こす勢いで闘っていた。
戦い疲れ、決着付かず、魂抜かれたみたいに、あたしはおとなしく席に戻った。すると、「はい」と横の鈴木くんからメモを渡される。メモには〝お茶2。2時。第1応〟とあった。
「自分が言われた訳でもないのに、自動的に手が動いてしまうんです」
誰宛てでもメモするクセが付いているらしい。あたしは思わず目を見張った。
「凄い。ていうか助かる。鈴木くん、デキる男って感じだね」
「いやぁ」と照れて見せているけど、こっちはちょっと、というかだいぶん憧れの目で見た。普段からそうやって他の人をフォローしている姿が自然に浮かんでくる。こういう人が同じ部署に居たら頼もしい。
「何かなぁ。今まで僕が相棒だったのに、鈴木に取られちゃうのかぁ」
渡部くんの溜め息を心地よく受け止めていたら、「なるほど」またそこで部長がぷつんと呟いた。まだ言いますか。
すると、
「なーんか、さっきから上杉部長って、しつこいですよねぇ」
あたしの口じゃない。ゆとり爆発、宇佐美くんだった。いきなり何言いだすの。
「まるで僕らにヤキモチ焼いてるみたいじゃないですかぁ」
笑顔で言う事じゃない。空気読め。宇佐美くん以外3名は同時に慌てた。当の上杉部長本人も言葉を無くしている。この場を飛ばせ。えい!とばかりに、
「そ、そうですよっ。いくら自分がセクハラで嫌われそうだからって、ねぇ?」
「「はいっ」」
いや、君ら宇佐美くんとは違うでしょ。そこまではっきり頷いたら逆にヤバいでしょ。そんな事ありませんとか言う所でしょ。まさか2人共、ゆとり?
話題が違う方向に向いて肩透かしを喰らったのか、それとも、バカバカしいから相手にしない方向で無視を決め込んだのか、「一服したら部長会議に直行する」と鈴木くんに言い残して、上杉部長は席を立った。
その姿が見えなくなった途端、「おっかね」と、まず渡部くんが崩れた。
「最後イラついてましたよ。午後からどうしよう」鈴木くんは心底怯えている。
「2人が、あそこでグイッて刺すからでしょ」
「僕らっすか?元は林檎先輩でしょ」
宇佐美くんが呑気にケーキを平らげたので、おまえだよ!と3人で刺し込んだ。
「怖いのも怒られるのも、僕だけじゃないんですねぇ」と、空気読まずに、宇佐美くんは呑気に吹いてくれるけど、怖がってるようには見えないな。まぁ、終わった事をいつまでも引き摺らないのは利点と言えるかも。そう言えば、落ち込む事もあんまり無いな。良いのか悪いのか。
「みんなそうだよ。僕だって一緒に居て、未だに怖いんだから」
「それでもくっ付いてんだぜ?鈴木ってよっぽどのチャレンジャーかドMか」
あるいは、フロンティア。だから、これだけの成長を見せたのかも。
あたしは「よしよし」と宇佐美くんの頭を撫で、鈴木くんの肩をポンと叩いた。
「〝なるほど。これも後輩ヤリマンの実態か〟」
「はい20点。渡部くん、それで真似てるつもり?」
鈴木くんには意外にウケていた。こうなったら2人揃ってデコピンだ。
あたしは鈴木くんから貰ったメモを、忘れないようにIDカードに留めた。
顧客相手のプレゼン会議。
「部長会議の後、同じ応接室で行われるんです。つまり、お客様は2人です」
それなら、ついでにプレゼンの様子を見学できないかな。だったら宇佐美くんも連れていきたい。……まさか、上杉部長はそれが目的であたしにお茶くみを?
彼のこじれた素直さは、遠回りの優しさという形で胸を温める。この場に居なくても効果抜群だ。……ずるいなぁ。
ふと気付けば、あたし以外の3人はいつの間にかゲーム話で盛り上がっていた。
「〝林檎姫と3人の勇者たち〟って事で、ラスボスは上杉部長っすね」
「僕がぁ、ウサギで」「僕は、のび太ですか」「僕はどうすっかな。魔法使いが1人は欲しいっすよね?」「ネトゲやり過ぎ」と思わず突っ込んだら、
「渡部さん、ネトゲやるんですかぁ。僕もです。もうずっとROばっかり」
「マジで?どういうギルド?レベルいくつ?今度一緒に狩りに行く?」
「おい、リアルを置き去りにするな」って仕切る鈴木くんは、さすが大人だな。
「宇佐美くん、コンペ、一緒にがんばろうね」と、あたしもリアルをブチ込んだら、彼もいつになく力強く頷いて「あの部長に、キャン言わせたりましょう」
おぉっ、と先輩3名が同時に声を上げた。言う事デカい。さすが、ゆとり。そこからコーヒーで乾杯して、「みんなでリアルと立ち向かおう」と決着した。
ラスボス上杉部長に立ち向かう、林檎姫と3人の勇者の団結は今季最高の盛り上がりを見せた……筈だった。結局キャン言ってしまったのは、あたしの方で。
「あれ?伝票は?」
上杉部長の全額お支払い済み。
お釣りはいらない、とレジで1万円置いたらしい。
〝後輩ヤリマン〟
この金看板、いつでもお譲り致します。
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