もしもの恋となのにの恋
これが夢でも
唯一無二の親友、清水千鶴(しみずちづる)からの連絡に私は酷く困惑させられていた。
千鶴からの連絡はいつだって嬉しい。
なのに・・・だ。
この時ばかりは違っていた。
私は千鶴から届いたメールを何度となく読み返し、何度となくその返信の文章をメールのフォームへと打ち込んだ。
そして、私はその打ち込んだ文章の回数だけその文章を消去した。
そんなことを繰り返してもう一時間以上が過ぎ去った。
いい加減、一行くらいは書き終えたい。
そんなことを思っている時だった・・・。
握りしめていたスマホが突如、賑やかに歌いだしたのだ。
それはメールではなく電話の着信だった。
こんな時間に一体、誰だろう?
私はスマホの液晶画面に表示された人物の名前に思わず吹き出してしまった。
彼もまた、私と同じように眠れぬ夜を過ごしているらしい・・・。
「もしもし?」
私はいつもと同じように電話に出た。
別段、気取って出る必要も落ち込んで出る必要もない。
「・・・もしもし?俺だけど。・・・今、いいか?」
久しく聞いていなかったその声に私の胸は僅かに高鳴った。
その質問に私は『大丈夫』とだけ答え、ベッド上に転がされていた小さな目覚まし時計をそっと拾い上げ、なんとなく今の時刻を確認した。
時刻は午前2時前。
もう、こんな時間だったんだ・・・。
そう思うと苦い笑みが溢れ出た。
千鶴に知られたら厄介だろうな。
そう思うと更に苦い笑みが溢れ出た。
千鶴は睡眠にうるさいから・・・。
「・・・千鶴から何か聞いてる?」
やはり、その事か・・・。
私は電話越しの秋人の様子をそれとなく伺った。
秋人と私は小学校からの付き合いだ。
そして、私はその頃から秋人に一方的な恋をしている。
そして、秋人自身も私以外の子に一方的な恋をしている・・・。
「葵のことでしょ?一体、どう言うつもりなの?」
私は思わず語気を強め、電話越しの秋人に詰め寄った。
クス・・・。
電話越しに聞こえた秋人の僅かな笑い声に私は思わずキョトンとしてしまった。
秋人は滅多なことでは笑わない。
少なからず、好きな子の前以外では・・・。
「・・・今、笑った?」
私はそう聞かずにはいられなかった。
胸が痛いほど高鳴った。
秋人の返答が待ちきれないほどその時間は長く感じられた。
「笑ったよ。だって夏喜(なつき)、自分のことみたいに怒ってんじゃん」
秋人の言葉に私は思わず面を食らってしまった。
「・・・いいね。そう言う友情」
そう言った秋人の声は優しく、どこか憂いを含んでいて私を一層、切なくさせた。
もしも、秋人の思い人の相手が千鶴じゃなければ・・・。
「・・・どう思う?あの二人が会うの」
私の思考を遮るように秋人は電話の本題を切り出した。
・・・やめよう。
私は心の中でそう呟いて、つまらない思考を断ち切った。
今、考えるべき、思うべきことは自分のことなどではない。
わかっている。
そう、頭の中では・・・。
なのに・・・だ。
「私は・・・会うべきじゃないと思う。葵は何を考えているのかわからない。・・・会うのは危険だよ」
私は秋人に思っているままのことを打ち明けた。
「・・・千鶴にはそのこと、言った?」
私は独り言のように『まだ』と答えて目を閉じた。
暗闇の中ではカチカチと時を刻む規則正しい時計の音だけが響いていた。
その音を掻き消す秋人の声が聞こえたのは沈黙がはじまってどのくらい経った頃のことだっただろうか?
「そのこと、言わなくていいよ。言ってもアイツは聞かないだろうし、宮原さんは会うことを承諾しているから」
え?
私には秋人の言っている言葉の意味がよくわからなかった。
宮原さんがなんて?
はぁ・・・。
電話越しから秋人の重たい溜め息が聞こえた。
昔、よく聞いていた溜め息だ。
本当に懐かしい・・・。
もしも、あの頃に戻れたのならば私は・・・。
「・・・それじゃ」
「あ!待って!」
私は必死で電話越しの秋人を引き留めた。
・・・もう少し。
あと、もう少しだけ・・・。
「うん?・・・何?」
そう訊ねてきた秋人の声は本当に静かだった。
もしも、電話の相手が私じゃなく千鶴だったならば・・・。
そんなことを思うと私はひどく自分が惨めな人間に感じられた。
私は・・・。
「・・・夏喜、明日は暇?」
「え?」
私は自分の耳を疑った。
「暇ならどっか一緒に出掛けない?」
秋人は一体、何を言っているの?
「まあ、ちょっとしたデートだよ。・・・どう?」
ドクン・・・。ドクン・・・。
自分の心音が耳障りなほど高鳴っていた。
私は瞬きも呼吸さえもするのを忘れていた。
これは夢なのだろうか?
「・・・夏喜?」
秋人の声が私の時を動かした。
もう、夢でもいいとさえ思えた。
「行く!もちろん行くよ!」
私は今が真夜中だと言うことも忘れて大きな声で秋人の言葉に答えた。
もう、これが夢でもいい・・・。
これが夢ならばこのまま覚めなければいい・・・。
そう、それが一生でも私はかまわない・・・。
これ以上に素敵な夢を私は知らないから・・・。
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