もしもの恋となのにの恋

その日、千鶴は夜が明けるまで泣き続けていた。
俺はそんな千鶴を一晩中抱きしめ続け、謝り続けていた。
ごめん、ごめんと何度も何度も・・・。

水平線が僅かに明るみはじめた頃、ふと千鶴が泣き止んだ。
本当になんの前触れもなく・・・だ。
それは俺に言いようのない不安を与えた。
本当に大丈夫だろうか?
いや、大丈夫なはずはない・・・。
だから余計に不安にさせられた。
「・・・千鶴?」
俺は堪らず千鶴の名を口にしていた。
怖い、恐い、こわい、コワイ、怖い・・・。
言いようのないその不安はいつしか恐怖心へと変わっていた。
俺はその恐怖心を何とかしようと一人、葛藤した。
「・・・たい」
千鶴が何かを呟いた。
だが、千鶴のその掠れた弱い声は俺の耳に届くことはなかった。
千鶴は今、何と言った?
俺はその聞き取れなかった言葉を必死で探った。
だが、俺は千鶴の呟いたその言葉をついに見つけ出すことができなかった。
俺はそれを聞き取れなかった自分を責めた。
なぜ、ちゃんと聞き取らなかったのか・・・と。
俺は俺に謝った。
それでも俺は俺を許せなかった。
「・・・ごめんね、秋人」
謝罪と俺の名を呼ぶ、千鶴の声・・・。
今度ははっきりと聞こえた。
だが、そう言った千鶴の声は相変わらず掠れていたし、弱々しく覇気もなかった。
それでも聞こえた千鶴のその言葉をその声を俺はじっくりと噛み締めた。
大丈夫だ・・・。
心の内でそう呟いてみる。
「もう、大丈夫・・・だから・・・」
そう言った千鶴の声は明らかに震えていた。
千鶴のその声とその言葉に俺の胸はぎゅっと何かに締め付けられた。
苦しい・・・。
そう、息ができないほどに・・・。
溺れるほどに・・・。
俺も死ぬのかとさえ思うほどに俺は苦しかった。
嗚呼、溺れる・・・。
深く、深く、溺れる・・・。
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