アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
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ミハイルの気配が消えた家の中はまるで見知らぬ場所のようだった。

彼と暮らした時間はたった数週間だったにもかかわらず、私はもうすっかり彼が現れる前の暮らしを忘れてしまっていて、今は、以前の自分がどう暮らしていたかさえわからなくなっていた。

これまでにこれ以上心が乱れたことがあっただろうか。
私は突然ミハイルが出て行ってしまって、もうまともにものを考えられないほど動揺していた。

どうしよう、どうしよう。今さら何を考えてどう行動したところで彼はすでに出て行ってしまっている。今さらできることなどないのだ。ど
うしようもないことはわかっているのにそれでもまだ私はどうしよう、と心の中で繰り返している。



気がつけば、蒔田君がここを訪ねて来た時刻から二時間以上が過ぎていた。
ミハイルは私に自分のコートを着せ掛けて、そのままどこかにいってしまった。今頃とても寒い思いをしているに違いない。
せめて、コートを彼に返していたら。


そんなことを考えて、私は一人ため息をついた。



いまさらどうしようもない。

私は頬を拭うと、一階に降りていった。
そしてすでにミルクを張っておいた小鍋に火を入れて茶葉を放り込んだ。ミハイルが外出したときはいつもそうしてカガンティーがすぐに出せるようにしておいた。特に寒いときは体が温まるシナモンも放り込んでいた。


この数週間、私は何度店のキッチンでこの仕草を繰り返したか知れない。食事の後に。寒くなってくる夕暮れに。カガンの料理を知らない私にとって、この行動を繰り返すより他に彼の慰めになることがわからなかったのだ。

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