アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
10



その日から、王子は少し変わった。


元々、彼はどこか高慢な冷淡さを感じさせる青年だった。そして今はその冷たさの種類が変わった。
彼が微笑を見せる回数は減り、そして彼は度々、私が店に出かけている間にどこかへ出かけているようだった。

どこに行くのかは聞かなかった。
知ってはいけないような気がした。
彼も私が彼の外出に気付いていると知っていながらあえて何も言わないところを見ると、この時すでに彼は自分のなすべきことに向かって歩み始めていたのだろう。

住居に直接繋(つな)がっている外階段を下りる音がかすかに聞こえるたび、私は王子がもう帰ってこないのではないかと考える。

その考えに私は半分ほっとして、そして残りの半分で怖さを感じた。


私の家に隠しておく限り彼は大丈夫だ。私にはそんな思い込みがあった。

私の店はカガン人の客を受け入れはするが、それだけだ。なんの変わったところもない喫茶店だ。
クーデター以前の私は王子とほとんど口を利くこともなく、ただ店の店主と客というに過ぎなかった。

カガンからの暗殺者がもし王子を探していたとしても、私の家を王子の潜伏先として思いつくことはないだろう。


平凡でごく普通の私が、身内でも友人でもない他国の王子を危険を承知でかくまう。そんなこと誰も思いつきもしないだろう。私だって自分がこんな事をしている事が時々信じられなくなるくらいなのだから。
そして、こんな不思議な同居生活がある日突然終わったとしても、外から見える私の生活はきっと何も変わらない。誰も気付かない。


もし王子がある日を境(さかい)に帰ってこなくなったとして、変化があるとすれば私が作る食事の内容くらいなものだろう。
そうなれば自分のしている事が正しいのか否か、悩むこともなくなる。

それは一見手間のかからない穏やかな日々だけれど、私はいなくなった王子の身をやはり案じるだろうか。




相反する複雑な気持ちの間で揺れながら、私はいつも通り接客をする。
何も気付かない、鈍い人間のふりをし続け、カガンとは無縁の人間で居続けた。




< 92 / 298 >

この作品をシェア

pagetop