君じゃなければ


郁に連れられ、歩く帰り道。


他の人から見たら不思議な光景に見えるかも知れない。

返答のない会話。

一方的に話をしているだけに見えるかも知れない。

でも、私達は他の人と何も変わらない。

私達の間ではちゃんと会話が出来ているのだから。

私には郁が何て言っているのか分かる。

でも………



『え…』



何を考えているかまでは分からなかった。

郁に連れて来られた場所。

それは、私達が以前住んでいた家だった。


『どうして…ここに?』


“これからここがまた僕らの家だよ”


『こ、ここに…?』


“そう”


どうしてここに……。

ここには辛い思い出も、楽しい思い出もたくさん詰まっている。

そもそも、この町に戻ってきたのには理由がある。

全てはこの町で……



郁の声を取り戻すため。



いろんな病院へ行った郁だが、声が戻る事はなかった。

それでも母は諦めなかったらしい。

そして、ようやく望みを託せる医者を見つけたと思ったら……

苦肉にも、去ったはずのこの町だった。


そして、今度は郁が頼んだらしい。


この町に戻るなら、私と一緒がいい…と。

 
もちろん、母が簡単に許すはずがない。

それでも、最終的に母が許したのは、郁に適わなかったからだろう。

祖父からまた弟と一緒に暮らす事を聞かされた時は正直驚いた。

でも、私が断れるわけがない。


郁の声を取り戻す。


私が力になれるのら、何でもやらなきゃいけない。

その為に、心の整理がつけられないまま、私はこの町に戻ってきたのだ。

ただ……

またこの家に住むことになるとは思わなかった。

てっきりこの家は売りに出されたのだとばかり思っていた。


郁が、ガチャンと家の扉を開く。



“おかえり、姉さん”



今の気持ちをどう表したらいいのだろう。

複雑で……

でも、私に選ぶ権利などない。



『うん、ただいま。』



ここからまた私達姉弟の生活が始まった。


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