君じゃなければ
彼は何もかもめちゃくちゃだった。
指はボロボロ、音は間違えまくり。
おまけに歌はジャイ●ンかって言いたくなるくらいの音痴。
とても奏でているとは言えないほど、酷い演奏。
でも………
彼がギターを弾いている間、私はその場を一歩たりとも動く事が出来なかった。
荒々しくも、どこか優しい音色。
悲しくも、なぜか嬉しくなる音色。
嫌いなはずなのに…
最後まで聴きたくなる音色。
こんな酷い音なのに。
荒々しい彼の演奏も、最後はまるで赤ちゃんを寝かしつけるように優しい音色で終わった。
最後だけはまともな方だったな
と感心したその時……
『いつまで聴いてんの?』
バチッー…と彼と目が合った。
私の存在に気づいていたのだろう。
彼はスタスタと距離を縮める。
『あ…いや…これは………』
悪い事なんて何もしてない。
ここで弾いていたのは彼なんだから。
でも、盗み聞きしていたなんて…後ろめたさの方が強かった。
『はい、これ。』
『え?』
彼から目の前に出されたのは小さな箱だった。
お菓子の空き箱のようなもの。
『これは……?』
『ん?集金箱。』
『へ?』
彼は一点の曇りもなく、目を輝かせていた。
『当たり前だろ。俺は音を提供し、お前は感動を受けた。なら金を払うのは当然だろ?路上ライブってやつだ。』
『か、感動!?』
『食い入るような熱い視線。それに自慢じゃないが俺の音を最後まで聴いたのはお前が初めてだ!』
そりゃそうだろう。あんな酷い音。
最後まで聞いてやる方が、金をもらいたくなる。
そう思うとだんだん苛立ってきて……
『だから、お前は特別に……』
バンっー…
彼の話も聞く事なく、
私は財布からお金を取り出し、集金箱に叩きった。
『あなたの音の価値はそれだけね。』
私はそれだけ強気に言って、そのまま逃げるように学校へと走った。
箱の中にちょこんと小さな一円玉を残して。