理由は聞かない
「今日も井田さんは残業?」
「今日も、ですけど、今、終わって帰ろうとしたところです。久保さんは?」
「帰り。財布がすっからかんで、ATM寄ったら、まだ電気ついてたから、ついでに寄ってみた。」

その「ついで」はいらない。さっさと帰らせてくれ、と、心の中で毒づいた。

本店の事故担当の久保さんは、なぜかたまに、よく分からないタイミングで、支店にやってくる。家が近いということで、うちの支店ATMをよく使うそうだ。とはいえ、ATM寄ったついでに来る必要性はない。

がさがさとビニール袋が擦れる音がした。

「あのさ、お客さんからもらったんだけど。」

差し出されたビニール袋には、傷が少し多めについているけどつやつやのナスと、少し短めのきゅうりが入っていた。

「ナスときゅうり。うちは売るほどあるからさ。分けるほどはないから、井田さんにあげる。」
「え?あ、どうも。」

私は差し出されたビニール袋を、軽く頭を下げて受け取った。
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