水素と結晶と万年筆
第二章 時間が痛みを癒してくれると言うけれど………
授業が上の空だったあの日から、
私は先生には会っていない。

それと同時に受けた模擬の成績は下がり、もう心はボロボロだった………。

(もう、嫌だ……)
そう思っていた時。
ケータイが鳴った。

(誰だろう?こんな夜中に……)
スマホの画面に映し出されたのは、『慧』。
先生を想う自分の罪悪感と、彼に助けて欲しいと思う心が交差した。

「………もしもし?」

「あー、もしもし?(笑)ごめん、寝てた?」

「ううん、大丈夫」

「そっか!良かった~!あの、それで……」

「用件はなに?」

「彩南、どうかした?大丈夫?」

この人はこんなにも自分を想ってくれている。
(それなのに……自分は………!!)
心が罪悪感に支配される。

「あぁ、へーきだよ!」

「あのさ、彩南。よく聞いて」

嫌な予感がする……。

「俺さ、親が決めた婚約者に会わなくちゃいけないことになった」

私の感は当たる。嫌な予感は気のせいじゃなかった。

「婚約者とは言っても、まだ会うだけだし、最近親が勝手に決めたことなんだ。両親が俺に恋人がいないと思ってるのは知ってるだろ?だからさ……」

そう。私達の関係は、二人とも親には言っていない。
慧は、お家柄がお家柄だから、下手に親に言って、私に負担をかけたくないと気を配ってくれていたし、だからこそ私も両親には言っていなかった。

「そっか………会うのか……。私は構わないよ」

「……ねぇ、彩南。本当に今日はどうしたの?いつもと違うよ?」

「ごめん……慧。」

「謝らないで!本当のことを話して!!」

慧の少し苛立った声。これ以上、この人を悲しませちゃいけない。

「あの……慧。私…さ、先月に先生と会ったんだ……」

「え……?」

私の言葉は、再認識した自分の気持ちを慧に伝える。私は本当に残酷かも知れない……。
それでも慧は静かに私の言葉に耳を傾けてくれる。

「そう……そっか………。彩南、それならさ………別れよう」

私の予想外の言葉。
彼氏から聞くには、不快になるべき言葉なのに私には慧の優しさを感じる。
「え?」

「俺もさ、今回の婚約者とはどうなるか分からないんだ。それに、留学の予定もある。彩南は彩南で、心が動いてるんだろ?だったら、そろそろ終わりでも良いんじゃないかな?
俺は彩南が家族みたいだとも、友達みたいだとも思ってた。
もしかしたら、自分達は恋人ではない形でも良かったんじゃないかな?」

慧の言うことはもっともだった。
私も感じていた。
私達の距離は近すぎた。側にいるには心地よい…………
でも、恋人にしては近すぎる距離だ……と。

「うん」

「でも、彩南。もう少し考えて?結論は彩南が出す。いい?」

「うん!分かった!!」

電話を終えた後。心が軽い。
罪悪感も苦しみもない。
私はまた、慧に助けられた。
また………だから………
もしかしたら一生。私は慧には敵わないのかも知れない………(苦笑)
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