お口にクダサイ~記憶の中のフレグランス~

香炉峰(こうろほう)の雪

黙りこんだ私に先生は優しい口調でこう言ってきた。傷つけたならごめんね、でも、と言った。

「君の事気になっていたんだよ、ずっと前のB病院の内覧会を兼ねた新築移転レセプションパーティーでの君の言った言葉にさ」

先生の意外な言葉に、
「あの雪が沢山積もっていたの時の?」
「そう。あの日新築移転したB病院が病院関係者や取引業者、地元の勇士なんかを招いてお披露目を兼ねたパーティーをした」

私は事務長とお局様、お局様に次ぐポストの私は棚橋先生も招かれていたパーティーに参加していた。新築移転した院内を見て回り終わってから立食形式のパーティーがあった。

もちろん先生と話などしていない。その日は前日に降った雪で珍しく神戸も積もっていた。その病院の中庭が見渡せるホールでパーティーが行われたわけだが、中庭がちょっとした日本庭園のようなものになっていた。

その中庭に雪が積もっていて何とも言えない情景だった。水墨画に出てきてもおかしくない情景に一人見入っていた。

足元まである窓の外はこちら側とは違い、どこか違った時間が流れているように感じられた。ブラインドが途中まで降ろされていた。

「これがブラインドじゃなくて御簾なら外の雪は中国の香炉峰の雪みたい」




< 16 / 184 >

この作品をシェア

pagetop