Open Heart〜密やかに たおやかに〜


綺麗事を言えば家族の為だ、家族を守る為に仕方ない選択だと言える。だが、結局のところ、私は愛するシュウちゃんではなく、お金の方を選んだに過ぎないのだ。

借金で苦しむのも嫌だし、社長から裏社会の人間が送られてくるのを待つ生活も嫌だった。

だから、私は歯向かう事をやめたのだ。完全なる負け犬、それが今の私だ。私は、戦う前から試合を諦めたのだ。

考えてみれば、最初から無理な話だった。私みたいにお金に困るような生活レベルの女が、大企業の社長の息子と結婚するなんて所詮は夢物語だ。そんなシンデレラストーリーが現実にある訳がない。あってはならないのだ。

本当なら、強く愛の為に立ち向かい、1億円の小切手なんて破り捨てればカッコ良かっただろう。きっと、ドラマならそうなったし、私もドラマの主人公ならそうした。

だが、私は現実を生きている。長いものに巻かれてしまうような弱い人間だ。

かなり、自分自身が嫌だ。
そんな風に自分が嫌いだと言うなと諭してくれたシュウちゃん。優しくて大好きなシュウちゃんを私は裏切ろうとしている。



昨夜、日本酒を注いだお猪口を持ち、社長が言った。
『これから、秀之を君から上手く引き離すために君がとるべき行動は、全て決めてある。その行動については、私から、ある人物を通じて君に逐一伝えるとしよう』


ある人物というのが誰であるかも教えてはもらえないという状況が、まるで『おまえみたいなもんは事前に何も知る必要がない』と社長が私をさげすんでいるようにも感じられた。

『明日、その人物にコンタクトを取らせる。それまでは、いつも通りにしていなさい』と命じられ、簡単に頷いた私は、もう私であって私では無い。


言うなれば、思い通りに動く社長の犬だ。
< 53 / 132 >

この作品をシェア

pagetop