S系御曹司と政略結婚!?
「……楽しみだね」
身体の弱さから順調とはいかないマタニティ生活。それでもお腹の中で頑張って育ってくれる我が子が愛おしい。
「……で、誰がジャイアニズムだって?」
突然聞こえてきたその声に、私たちは一斉に顔を上げる。……地を這うようなこの声はひとりしかいない。
視線の先には抜群のスタイルでブラックスーツを着こなし、社長室のドアに背を凭れていた和也が。
本人にそのつもりはなくても、その佇まいがハイブランドの広告のようで見蕩れてしまう。
「華澄、聞いてんの?」
ぽーっと見つめていたら、不意に広告塔の口から黒いオーラが漂い始めてハッとする。
曖昧に笑い返したのがいけなかったのだろう、綺麗な形の眉がピクリと引き上がった。
「西川の迎え、何でわざわざ断んの?」
西川っちーーー!和也には内緒ってあんなにお願いしたのに……!
後ろめたさで視線を逸らすがもう遅い。こちらに歩み寄ってきた和也の表情が物語っている。
「ここまで歩いてきたわけ?ひとりで?」
「だって、たまには外も歩きたいし、ちょっとくらい……」
無理の利かない身体だから、尾崎先生からも気をつけるように言われている。
少しなら暖かい時間に散歩も良いよって許可を貰えたから、今日は西川っちにお迎えは断ったの。
「言い出したら聞かねえな」
「そっちもでしょ?」
つんとそっぽを向く私に詰るのを諦めたのか、和也の表情は次第に緩んでいった。
してやったり!と内心ほくそ笑んだのも束の間、頭上から嘆息が落ちてきた。
「井川、暫く席外せ」
「は、はいっ!」
突然の指示に慌てて立ち上がった実紅。だけど、その手にはケーキを持って退散した。
咄嗟の対応が上手なところも、彼女が秘書向きだと感じるひとつかも?
社長室のドアを彼女が閉めると、その瞬間、和也が私の隣のスペースに腰を下ろした。
フレームの細いメガネを外し、目の前のテーブルに置いた彼に扇情的な眼差しを向けられる。
呑まれてしまいそうなほどの黒い瞳が妖しく光り、徐々に距離を詰めてきた。
唇に優しく触れられて始まるキスに、体内温度は急上昇していく。
頼りなくスーツをキュッと掴んだ私からくぐもった声が漏れる頃、みだりに舌先が熱く絡み合う。
痺れるような甘い感覚に支配されて、もっともっと彼が欲しくなるの……。
ようやく唇が離れた時には私は息も絶え絶え。彼はそんな私をいつも優しく抱き締めてくれる。
この腕の中が心地よくて、私の長い髪に触れる指先が安心感をもたらしてくれるの。
「……オマエには参る。目を離した瞬間、すぐいなくなる」
「そう、かな?」そう首を傾げると、怪しい笑みを浮かべた彼が耳元でこう囁いた。
「俺から一生離れられないように、鎖にでも繋いでおこうか……?」
その言葉はとろけそうなほどの甘さで私の心を刺激する。——どれだけ和也中毒にさせるの……?