エースとprincess

「はっ……え? どこ?」

 私は一瞬空耳かと思い、そうではなくなにか注意を引くものがガラス越しの景色にあるのかと周囲を見渡した。

「違うって。今日の姫里、かわいく見える」

 まるでいつもの私がぶさいくみたいなことを言う。だから視線での抗議を続けていると、逆に瑛主くんがまじまじと見つめ返してきた。

「一緒に飯食いたいとか、ほったらかしにするなとか。ちょっとかわいかった」

「そういう恥ずかしくなるようなこと言うの禁止!」

 私は一喝して窓の外に目を反らした。ちょうど信号が青に変わり、車が動き出す。はいはい、と機嫌良さそうな瑛主くんの声がする。

「まあ、今度のことで瑛主くんが私をナオのマンションに行かせたがらない理由がよくわかったよ」

「え?」

「ナオも今の瑛主くんみたいに迷惑だっただろうなと思って。それを察してのことでしょう?」

 ナオの顔を思い出す。眉間に皺を寄せて面倒くさそうにしていた。差し入れのなかでたまに好みの味に出会えたときだけ、興味を惹かれたように表情を動かしていたっけ。好きなものばかり食べる子供みたいに。

「いくら楽しくても節度って大事だね。もうお互い、十代のころとは違うんだもんね。瑛主くんもそういうことを伝えたくて、私を制止していたんだよね」



 住宅地にさしかかった。私の家までもうすぐだ。カーナビより先んじて道案内をしてあげる。
 違うよ、と瑛主くんが言ったような気がして、あってるよと言い返した。

「道のことじゃなくて」
「じゃあなんのこと」

 ナビが目的地到着を告げる。車は路肩に寄せられ、停まった。姫里家の玄関の照明は落とされており、リビングだけが明るかった。
 瑛主くんは運転座席にもたれてなにやら考えているふうだった。ウインカーの音だけがやけに大きく聞こえる。シートベルトも外さずにそのままでいると、やがて瑛主くんはかぶりを振った。

「そのうちに話す」

 
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