エースとprincess

「出た」
「どうでもいい、とか」

 吹き出す、瑛主くん以外の三名。そのうちひとりは、峰岸さんが待ち伏せを始めた日に居合わせた人だった。

「今日び腰掛けOLなんていないよー? 辞めたって再就職厳しいし、養ってくれる甲斐性ある人もなかなかいないだろうし。言い寄って気まずくなって噂流されたりしようものなら消えたくもなるだろうけど、そこはお互いに相手のあることなんだしさ、そこまで毛嫌いしなくてもいいんじゃない? 職場恋愛」

 で、誰が誰を好きだって? と冷やかす体を装って、話に首をつっこもうとする。自分でも鼻白むことを言い過ぎたってわかっているから、単なる話題転換だ。
 いやいや、と三名はさっきは仲間をあっさり裏切ったくせに、今度は誰の恋愛話だったのかしゃべる様子はない。結束の固いことで。
 別にいいけど、いいんだけど……煮え切らない態度を眺めているうちに、沸々と胸にこみあげるものがあった。私は山田さんから聞いた瑛主くんの過去の話を思い出していた。


 
『交際は、峰岸さんのほうから言い寄ってきてはじまったんだってさ』
 山田さんは知っている限りのことを電話で教えてくれた。
『喧嘩もせずに数年、彼氏彼女の関係を続けてきて、そろそろ一緒に住もうかってマンションを見つけて、峰岸さんも喜んでくれて』
『いざ引っ越し、となったときに彼女、突然姿を消したんだって』
『それで、半月後にようやく連絡がついて、そしたら彼女は他の婚約していたんだと。それが今の旦那さん』
 あっけらかんと他の男の存在を告げ、にこやかに未来を語る峰岸さんに、瑛主くんはどうして急に自分のまえからいなくなったのかを問いただす気にはなれなかったのだそうだ。彼女にとってはもうずっと過去のことで、終わっていることなのだと、見ていてすぐに知れた。怒りや悲しみよりも、呆然となるほどの驚きに支配された。それが立ち消えたころにようやく疑いの気持ちが芽生えた。
『大切だと思っていたのは俺だけだったの? って。それがあったから未だに女の人の全部を信じきれずに、目一杯ブレーキ効かせて踏みとどまってしまうんだってさ』

 それを聞いて、私は正直、女々しいと思ってしまった。このきつい顔にどれほどの弱気を隠していたのかと思うと、滑稽だった。
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