エースとprincess


 瑛主くんのマンションの最寄り駅で電車を降りる。構内標示を見ながら出口は何番だろうと考えていると、こっち、と逆に峰岸さんに教えられた。複雑な気分だ。ドライヤーも買ったし、峰岸さんはいつまでこの生活を続けるつもりなのだろう。

「あなたは谷口くんの彼女なの?」

「違いますけど」

「でもさっき、谷口くんの部屋のドライヤーを見たことがあるようなこと、言ったよね」

「鋭いですね」

 あれは、私も失言と気づいていた。追及されないといいなと思っていた。でも峰岸さんはそこを突いてきた。私に疑いをかけているのは明らかだった。
 手に提げている量販店の紙袋が足に当たって音をたてた。ドライヤーを私が、美顔器を峰岸さんが持っている。マンションまであと少し歩かなければならない。

「恋人を部屋に呼べないって嘆いていましたよ」
 私は言い、峰岸さんの視線を感じるまで待ってから、
「主任を泊めている部屋の住人さんが、ね」
と受け流した。峰岸さんは動じなかった。


「あなた、年はいくつ?」

「二十代です。主任よりは年下ですけど、同期入社です」

「それで打ち解けているふうなのね」

 私があと五つ六つ若かったら、後先考えずに言えることもたくさんあっただろうと思った。感情の赴くまま、瑛主くんを渡さないと宣言できた。渡すもなにも、私と瑛主くんとは上司と部下なだけだし、その気はないと釘を刺されて動けなくなっているし、そこへきて昨日の『自殺行為』発言もある。



「望みを叶えたいのにいろんな事情があって行動に移せないときって、どうしたらいいんでしょう」

 ひとりごとのような物言いで私が聞くと、それ私に聞くの、と峰岸さんは艶やかに笑った。

「皮肉にしか聞こえないのだけど」

「そういうつもりはなくて。でも、そっか。ごめんなさい、さっきおごった親子丼に免じて許してください」

 峰岸さんは軽く笑って受け流した。そのあとの回答は早かった。

「叶えたいなら行動すればいいし、事情があるなら解決すればいい。どうもこうもないでしょう」

「そうは言っても解決しきれないこともあるんじゃないかな、って思って。たとえば恋なら相手の気持ちも絡んでくるし、自己啓発ならお金だってかかるし」

「好きな人に振り向いてほしいなら、振り向くまで呼べばいいじゃない。自分を磨くお金だってそう。資金面で手伝ってくれる人を探せばいいだけの話。できないなんて言い訳よ」 
< 117 / 144 >

この作品をシェア

pagetop