エースとprincess

 家電量販店では美顔器とマイナスイオンドライヤーを買った。同じフロアの店員につかまり、売り込まれてしまったのだ。髪がつやつやさらさらになります、と話しかけられた峰岸さんは、
「私は間に合ってるから。そうだ、あなたやってもらいなさいよ。ちょうどいいじゃない」
と私を売り子さんに押しつけ、体よく実験台にした。
 夏場の一日の終わりということで髪は汚れているはずだ。そこへ他人からマイナスイオンの風をあててもらうというのがひどく申し訳なくて、なんだかすみませんと私は店員さんに謝りたおした。

「あなたがいてくれてよかった。滅多な人に髪を触らせたくないものね」

 こういう発言するあたり、もう本当、私のこと実験台としか思ってないよね。

「ドライヤー、ちょうど欲しかったの。谷口くんのお家のはなかなか乾かないし、髪にもあんまりよくなさそうで」

「うちの実家で使っているやつなんかもっと古いですよ。いつ火を噴いてもおかしくないような音がするし」

「嫌だ、怖い。火を噴いたら教えてね」

 行動を共にして多少は距離が縮まった気がする。くすくす笑いが止まらない峰岸さんに、なに言ってんですかくらいは言えるようになっていた。 



 買い物で消耗したこともあってお腹がすいたので、目についた看板を指さして冗談半分に誘ったところ、峰岸さんはあっさりついてきた。大乗り気で暖簾をくぐる。丼物のチェーン店だ。
 入るなりきょろきょろと店内を見回している峰岸さんを食券販売機のまえに連れていき、紙幣を投入。食べたいものを選んでもらう。

「あのね、私、こういうところに来るの初めてなの」

 声から興奮が伝わってきて、私も笑いがこぼれそうになる。有機野菜や契約農家の肉しか食べていなさそうな人をこっちの庶民の世界に引き入れたようで、おもしろかった。峰岸さんは目をきらきらさせながら私と同じ親子丼を食べた。

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