エースとprincess
 瑛主くんの動く気配があった。そばまで来てため息をつかれた。

「そんなこと言って。ずるいやつが相手なら、なにされても文句言えないところだぞ。いつもそうなの?」

「いつもそうなのは男のほうでしょ」

 言ってあげることで、少しでも罪悪感が軽くなるかと思った。あなただけじゃない、男はみんなそうだ。自分の領域に女があがりこんできて、しかもお酒の勢いもあるのなら。多くはないけれど、中学、高校の同級生や先輩と飲んだあと、そうなったことがある。そのあと、余所でばったり出くわしたこともあるけど、別に気まずい思いもするわけでもなく、ごくふつうに挨拶できている。

 経験則で気をまわしてあげたのに、瑛主くんは一瞬、傷ついたような顔になった。
 ああ、間違えちゃったか。でもまだ間に合う? 今から笑い飛ばしてあげようか。


 ところが、笑ったのは私ではなく瑛主くんだった。

「ずるいやつって言っただろ。俺はずるいやつじゃない。賢いやつだから。覚えておいて」

 ニヤリと嘲笑を浮かべている。おそらく自分の思いつきに。そこにはさっき見せた負の表情はない。

「姫里が今そうしたいって言うのなら、俺は絶対にしてやらない。どんなに請われても、指一本触れてやらない。姫里が俺に惚れたっていうのなら、考えてやってもいい」

「え。惚れる? 惚れるの? 私」

 私、今惚れてなんかいません、の意味で言ったのに、瑛主くんにはそうは聞こえなかったみたい。


「ああ、そうだな。そういうことなのかもしれないな」

「なにそれ。言ってから考えるのやめてくれる?」

「姫里は俺を好きになるよ」

 言って瑛主くんは自信ありげな微笑みを浮かべている。その表情、悪くなかった。むしろ好感を持てるような笑いかたで……早くも私、術中にハマってんじゃないだろうか。


「笑えるんですけど!」

「俺も自分で言ってて変態かよって思った」

「自覚ある変態」

「ただ賢いだけだから」

 自分の思いつきの素敵さに酔いしれている瑛主くんは、明日の予定を確認すると、際どい会話などなかったかのようにてきぱきと寝床を整えて、歯を磨きに洗面所に消えた。

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