傷痕~想い出に変わるまで~
「ありがと…う…。」

その人の顔を見た途端頭が真っ白になり、手に持っていた小銭入れとタバコケースを床に落としてしまった。

ファスナーが開いていた小銭入れからバラバラと小銭が飛び散った。

「大丈夫ですか?」

声を掛けられ我に返った私は、それを拾うふりをしてしゃがんでうつむき、咄嗟に顔を隠した。

「大丈夫です…。」

どうしてここに光がいるんだろう?

私に気付いていないってことは他人の空似?

とにかく早くこの場を立ち去りたい。

っていうか、むしろ立ち去って欲しい。

拾い集めた小銭をうつむいたまま小銭入れにしまっていると、手のひらに乗せて小銭を差し出された。

「はい、向こうの方にも転がってましたよ。」

「あ…ありがとう……。」

しゃがんでうつむいたまま小銭を受け取る。

髪を短くしてあの頃と見た目が多少変わったとは言え、こんな近くにいて会話をしていても気付かないんだな。

このまま私に気付かず立ち去ってくれたらいいのに。

「あと、これも。」

「…これ?」

他に何を落としただろうと思わず顔を上げると、タバコケースを差し出した光が私の顔をじっと見た。

「……瑞希?」

気付かれてしまった…。

どうしよう、気まずい。

あんな形で離婚した相手なんて、光だって本当は顔も見たくないはずだ。

その証拠に離婚して諸々のことが片付いた後は一度も連絡を取っていない。

お互い話すことなんてないだろうから、他人のふりをしよう。


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