傷痕~想い出に変わるまで~
光の視線が門倉に掴まれている私の手に注がれていることに気付き、思わず腕を振り払った。

「こんにちは。もう自販機使える?」

門倉は当たり前のように光に話し掛ける。

「大丈夫ですよ。どうぞ。」

顔を上げることもできないで立ち尽くしている私に光が一歩近付いた。

「瑞希…この間は急にごめん。」

「……うん。」

「また会って話したいんだけど…。」

「……。」

もう話すことなんてないから会わない。

そう言いたいのに喉の奥がギュッと詰まったように声も出せない。

「今夜、仕事の後で会えないかな。」

何も言えないままうつむいている私に、門倉がコーヒーの入ったカップを差し出した。

「ほれ篠宮、おまえの分。」

「あ…ありがとう…。」

カップを受け取った手が微かに震えていた。

「勝山さん、悪いけど篠宮は今夜、俺と先約があるんだ。前から行こうって言ってた店、やっと予約できたんだよね。」

私は門倉と約束なんてしていない。

それにいつも行くのは居酒屋だし、予約が必要な店になんて行ったことないのに。

光はきっと私と門倉がただの同期じゃなくて付き合っているんじゃないかとか誤解しているだろう。

「あ…そうなんですね。じゃあ別の日に。」

「篠宮には俺が責任持って必ず連絡させますから。」

「はい…。」

「それじゃ今日のところはそういうことで。篠宮、行くぞ。」

「あ…うん…。」

門倉の後を追ってその場から離れた。

背中に感じる光の視線が痛かった。


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