むらさきひめ~死にたがりの貴方へ

しきメール8

「いいわ」

 紡がれる声が、周囲を振るわせる。

「本気で、やってあげる」
 明らかな敵意と、憎しみをこめた声。まるで、それそのものが形になったような声。
 応えるように、トランプが彼女の周囲を回り始まる。青い色だったトランプが、色を変えていく。

 毒々しい真っ赤色。
 まるで、血のような色へと、変わっていく。
 トランプは、彼女がかざす右手に集まっていく。収束する、真っ赤な刃の渦。まるで燃え盛る炎にも見えた。

「後悔するといいわ!」

 彼女は、それを死姫に向かって投げつける。放たれた五十三枚の刃が、一直線に死姫に向かっていく。

「……!」

 思わず声を上げかける僕に、青年が肩越しに振り返った。その瞳が、心配するな、と言っている。
 

 けれども。
 
 カードが、死姫の小さな身体に次から次へと突き刺さる。彼女は、それでもたたずむだけ。
 後から後から突き立ってくる刃を、まるで受け止めるみたいに。
 ザク、ザク、ザク、ザク……と突き刺さっていく。

「あ……ああ」

 声を上げない彼女の変わりに、僕が声を漏らす。見ているだけで、耐えれらない。どうして、
死姫も、他のふたりも―
「ねえっ!」
 思わず叫んで、何か言葉を続けようとした―時だった。
 
 五十二枚目のトランプが突き立って、今まさに、五十三枚目が死姫の身体に届こうといった瞬間に、 
 

「――シデン!」
 
 彼女が、その名前を叫んだ。

「おうさ!」

 応えて、彼が吼える。飛び上がる青年―シデンの、はるか宙に舞った長身が、突風を巻き起こして弾け飛ぶ。
 その身体が、細かなかけら―まるで無数の花びらみたいになって、渦巻いた。
 薄紫の、花吹雪。それは、死姫へと向かっていく。
 死姫に襲いかかっていたカードを吹き散らして、その身体を覆い尽くした。そのつま先から頭まで、全身を覆い隠す。
 花びらが、形を変えていく。彼女の身体に張り付いて、その姿が変わっていく。
 

 そうして。
 服装を変えた死姫――いや、紫姫(しき)が、そこにいた。
 紫色の袴姿。
 その手には、抜き身の日本刀。
 つややかな黒髪を、なびかせて。
 威風堂々、悠然と。
 たたずんでいた。
 
「それでは」

 紫姫は、自分の背丈くらいはある長さの刀を軽々と片手で持ち上げ、その切っ先を少女に突きつけた。

「――終わりに、しましょうか」
 

「く……」

 一瞬、呆然としていた少女が我に返る。その手を動かすと、周囲に散らばっていたトランプが浮き上がり、また手元に戻っていく。

「かっこつけないでよ!」

 今再び、トランプを投げつける。さっきまでは無防備の紫姫を切り裂いて、薙ぎ払った刃の群れ。けれども、今度は。
 紫姫が刀を振るうだけで、あっさりと消え去ってしまった。五十三枚全部が、まるでただの幻みたいに。

「もう、無駄……」

 刀を下げて、

「――」

 その唇が、何かをつぶやいた。僕の耳には意味を持って届かなかったけれども、少女にはわかったみたいで――息を飲む様子がはっきりとわかった。

「……何?」

 初めて、その少女に動揺が走った。紫姫が一歩進み出ると、おびえたように後退る。

「思い出さない?」

 紫姫が、そっと口を開く。

「あなたの名前……あなたが、人間だった頃の名前だよ」

 彼女を、いたわるように。
 僕には、そう聞こえた。

「そんなの、知らないわ!」

 叫ぶ少女、その手に再び生まれる凶器札。

「消えなさいよおっ!」

 投げつけるものの、またもあっさりと振り払われる。

「……そ、んな」

「彼を連れて行ったところで、あなたは満たされない。もう現世をさ迷うのはやめなさい。自分の名前を思い出して『――』として、黄泉路の旅へと、発ちなさい……」

「う……うるさい! うるさい! うるさい!」

 髪を振り乱して、名前の知らない少女は絶叫した。

「うるさい! ウルサイ、 ウルサイ……!」その顔を、くしゃくしゃにゆがめて――

「消えろ! 消えろ! 消えろーっ!」

 のけぞって、声を振り絞る。長い黒髪が真っ赤に染まって、まるで生きているみたいに蠢き始めた。
 その瞳がますます赤く染まり、口が耳まで裂けていく。腕が、ぐううっと伸びて、細かった肩が盛り上がって、二倍以上に膨れ上がる。

「……!」

 少女は、人間の姿を捨てていく。より化け物じみていくその姿に、思わず息を飲む僕。けれども、紫姫も、シロも平然としていて――いや、紫姫は、

「…………」
 
 多分、ほんの小さな溜め息をついた。
 哀れむように、きっと。
 とても哀しそうに。


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