鬼上司は秘密の恋人!?
 
「俺が、読者層のデータとか、他のコラム執筆者の好評だったコラムテーマとか、売れた号の特集記事とか、色々よかれと思って情報を集めたんですが、それがどんどん重荷になってしまったみたいです」
「そりゃそうだ。自分の書きたいことを書いてくださいってエッセイの依頼をしたのに、編集者にそうやって言外に書く内容を指図されたら断わりたくもなる。それに相手は元スポーツ選手で、文章を書くプロじゃない」

石月さんの言葉に、鳴瀬さんは俯いた。
黙り込んだ鳴瀬さんに、さらに言葉を続ける。

「ある程度読者受けするコラムなら、他に書ける執筆者はいくらでもいる。それなのに、全く文章を書いたことがない川村さんにエッセイを頼んだのは、なんでだった?」

鳴瀬さんがはっとして顔を上げる。

「川村さんのインタビューに、心を打たれたからです。勝った試合でも、負けた試合でも、自分にできたこと、できなかったことを反省して、いつも前を向いていた彼女の姿勢と言葉は、うちの読者の心にも響くと思ったから……」

石月さんが頷いて、クリップで止められた書類をバンとデスクに置いた。
何度も読み込んだ形跡のある、書類の束だった。

「これ、お前が作った企画書だ。これを作ったときの気持ち、ちゃんと覚えてるか?」

石月さんの言葉に、それまで戸惑いしかなかった鳴瀬さんの目に、光が戻ってきたように見えた。

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