鬼上司は秘密の恋人!?
「これを持って、もう一度川村さんと話し合え」
そう言って石月さんが応接セットの方を見やる。
不思議そうに鳴瀬さんもそちらを見ると、目を見開いて固まった。
パーテーションで区切られた応接セットから、野辺編集長と川村さん本人が出てくるところだった。
「川村さん……」
「鳴瀬さん、すいません。鳴瀬さんを通さず編集長に相談するなんて失礼だとは思ったんですが、どうしても不安で……」
申し訳無さそうに頭を下げる川村さん。
キリッと短く切りそろえられたボブと、きれいに伸びた背筋。長い手足に引き締まった身体。
現役を離れた今でも、立ち姿だけで一流のアスリートだったんだということが伝わってくる。
「川村さん。これは鳴瀬が作った企画書なんですが、ご覧になりますか?」
そう言って、石月さんが川村さんに書類の束を手渡す。
ぱらりとめくった彼女が息を呑んだ。
「すごい……。私のインタビューが、こんな細かく……」
「そうです。鳴瀬が試合後のインタビューを全部文字に起こして企画書を作ったんです。この言葉に感動した。この表現に心を打たれたって、細かく感想を添えて」
石月さんの言葉を聞きながら、村上さんが夢中になって書類をめくる。
「知らなかったです。こんなに私のことを調べてからエッセイの依頼をしてくれたなんて。元スポーツ選手ならだれでもいいやって、適当に選ばれたのかと思っていました」
川村さんはそう言って書類から視線を上げ、鳴瀬さんのことを見る。