二階堂桜子の美学
第二十話 上杉風虎

 予想もしてなかった自己紹介を受け桜子は固まる。風虎の方は変わらずにこやかな表情で桜子を見つめている。
(上杉って、つまり……)
「上杉龍英君の弟さんってわけ?」
「はい、フウコって聞くと女の子っぽいですけど、風に虎で風虎ですから。宜しくお願いします」
 龍英をさらに可愛くした感じの顔立ちをしており、本人が言うように小柄で女の子と間違われる可能性は十分ある。
「宜しくって言われても。貴方のお兄さんが私に何やってるのか分かってるんでしょ?」
「ええ、聞いてますよ。二階堂家と全面戦争だって意気込んでますからね」
「じゃあ貴方にとっても私は敵でしょ」
「兄さんがそう言ったの確かだけど、僕がそれに従うかどうかは別だから。僕は二階堂さん側に付くよ」
 机の両端を掴んだまま風虎は笑顔で答える。
(弟がいたなんて驚いたけど、この言葉通りに信じるのも危険だ。油断させておいて内から裏切る可能性もある)
「風虎君。机を放して」
「はい」
 素直に放すのを見て桜子はゆっくりと口を開く。
「私は一人で戦えるし、風虎君のことも信用できないわ。わかったらもう行って」
「無茶だよ。どうやって全校生徒と戦うの? 生徒だけじゃなくて教師も上杉家の息がかかってるんだよ?」
「知ってるわ。でも私もこのまま黙っているほど優しくはないのよ? お兄さんに何があっても私を恨まないでね?」
 真剣な目つきで語る桜子を見て風虎はちょっとビクッとなる。
「そういうことだから、もう私には関わらないことね」
 風虎に言うだけ言うと机を抱えようとする。その瞬間、真横から龍英が現れる。
「ふ、風子!? なんでここに居るんだ? それにその恰好……」
「あっ、兄さん。僕も今日からここに転入したんだよ。なんか面白そうだし」
「面白そうって、オマエ……」
「それと、僕は二階堂さんの方に付くから。宜しく」
「はぁ!?」
「だって、二階堂さん綺麗なんだもん。兄さんに渡したくない」
 そういうと風虎は桜子の背後から抱きつく。机を抱えようとし両手が塞がっていたため、しっかり抱きしめられてしまう。
「ちょ、ちょっと! 風虎君!?」
(って、この背中の感触って……)
「おい! 風子、渡さないってオマエ女だろうが。どういうつもりだ!」
(やっぱり女の子!)
「僕は身体が女の子なだけで、心は男の子だ!」
「おい! そんなこと公の場で言うな! 上杉家の沽券に関わるだろうが」
「沽券沽券って古いな~、グローバルスタンダードからかけ離れてるよ?」
「そういう問題じゃ……」
 反論しようとしたところで予鈴が鳴り龍英は口ごもる。
「二階堂さん、机、教室まで運ぼうか?」
 笑顔で聞いてくる風虎を見て桜子も笑顔になる。
「じゃあ、お言葉に甘えて良いかしら?」
「喜んで!」
 ニコニコしながら机を運ぶ風虎に桜子は付いて行く。見送る龍英と目が合うが合い桜子は微笑む。風虎が桜子の味方になったこと以上に、その存在自体が上杉家のアキレス腱になっていることを掴んだことが大きい。
 颯爽と教室に向かう桜子を苦虫を噛み潰したような顔で龍英は睨んでいた――――


――放課後、教室を出ると風虎が廊下で待ち構えている。予想をしていただけに桜子はその姿に苦笑する。
「待ってる気がしたわ」
「当然ですよ。僕は二階堂さんのボディーガードですから。二階堂さんに危害を加える輩は、上杉家が許さない!」
 風虎は周りの生徒に聞こえるようにわざと大きめの声で語り、その声を聞きつけた龍英が教室から出てくる。
「やっぱりオマエか。そんなに俺の邪魔をしたいのか?」
「それは僕のセリフ。兄さんこそ、上杉家の自覚を持った振る舞いをすべきだよ」
「生意気にも俺に意見するのか。妾の子の分際で」
 その言葉で風虎は顔色を変えるが、それよりも早く桜子が龍英の頬をビンタする。その行動に、叩かれた龍英や周りの生徒も驚いている。
「貴方、言って良い事と悪い事の区別もつかないようね。美学に反するわ」
 峻烈な桜子の言動に風虎も唖然として動けない。
「はっきり言うけど、貴方は私の敵じゃない。自分の力でなにもできないような男と付き合うとか以ての外。自分を磨いて出直すのね。風虎君、行きましょう」
 きびすを返し歩いて行く桜子の後ろを風虎は慌てて付いて行く。校門をくぐり並んで歩くもののしばらく沈黙が続いていたが、風虎の方から切り出す。
「あの、二階堂さん」
「なに?」
「さっきは、ありがとう。僕の代わりに叩いてくれた」
「別に貴方のためじゃないわ。私の美学に反する言動が見逃せなかっただけ」
「かっこいい~、ますます惚れちゃいそう」
「気持ちだけにしといてね?」
「僕では二階堂さんには釣り合わないですか?」
(釣り合う釣り合わない以前の問題なんだけど、どう上手く切り返そうかしら……)
 困り顔の桜子を見て風虎は笑う。
「二階堂さん、冗談ですよ。僕にはちゃんと他に好きな人いますから」
「えっ? もう、風虎君てば……」
「これでも僕は自分が上杉家でどういう立ち位置か理解しているつもりです。ご存知の通り僕は妾の子。しかも本家とは遠縁にあたる血筋なんです。だから、立ち振舞いには十分配慮しているつもりです」
「なら、今回のように上杉君に盾突く行為は良くないわよね?」
「そうですね。でも、兄さんのしてることは間違ってる。それを正すのも上杉家の一員たる使命だと思う」
(この子、まだ若いのにしっかりしてる)
「風虎君、しっかりした美学を持っているのね。偉いわ」
「二階堂さんには負けますよ。さっきのビンタ、爽快でした」
 屈託のない笑顔を見て桜子も心からの笑顔が零れていた。


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