二階堂桜子の美学
第二十一話 美少女

 翌日以降、宣言通り風虎は桜子にべったり張り付き龍英包囲網から攻撃を受けないようにガードする。授業中までは居ないものの、休み時間毎には必ず現われ桜子と談笑する。酷いときには担任の浩市がホームルームを始める間際までおり、注意され恥ずかしそうに帰ることもあった。
 もともと明るい性格なのかよくしゃべり、他の生徒から無視されていることを忘れさせてくれている。クラスメイトも風虎が上杉家ともなると口出しできず、遠巻きに見守るしかない。龍英も下手に手出しができないようで、大人しく風虎を見ていた。
 例のビンタ事件もあってか、以降龍英の様子は不気味なくらい影を潜めている。一度風虎にそれとなく家庭での龍英の動向を訊ねてみたが、何かを考え込んでいる様子で話し掛づらい雰囲気だと言った。

 昼休み、屋上でお喋りをしようという風虎の提案を受けて並んでベンチに座る。風虎は昼食用のツナサンドを携えており、桜子に断りを入れた上で口に運んでいる。
 今までの友人たちと違い、風虎は桜子に対して畏怖の念を持ち合わせていないように見える。自身が特権階級上杉家の一員であることを除いても、風虎の持っている雰囲気は心地良く側にいてホッとできた。穏やかな気持ちを抱きながら見つめていると、風虎の方から口を開く。
「二階堂さん、今夜の予定どうなってます?」
「唐突ね。今夜は特に何もなかったと思うけど、どうして?」
「今夜お世話になっている大使館でパーティーがあるんですけど、上杉家だけでなく二階堂家の方も来ると聞いてまして」
「パーティー系は姉の綾乃が出席すると思うわ。私にはまだ早いと言われてる」
「桜子さんが早かったら僕なんて一生出席できませんよ」
 ツナサンドを携えていた風虎は大きな口を開けて一口で食べきる。
「風虎君は出席するの?」
「はい、上杉家は全員参加です」
(綾乃と上杉君がまた会うことに。二人に組まれると厄介ね。いくら風虎君が味方でも、綾乃の手練手管に掛かると造作も無く排除される)
「風虎君、私の姉とは話しちゃだめよ?」
「えっ、なんでですか?」
「悪魔だからよ」
 驚くような発言に風虎は言葉を失う。
「人の皮を被った悪魔と言ったところね。他人を支配することしか頭にない、独善的な支配者。風虎君が関わって良い事なんて何一つとしてないわ」
「そ、そんなに怖い人なんですか?」
「外見は綺麗よ。ただ、内面は底知れない。私でもその深部は推し量れないから」
「相当な人物なんですね。分かりました、今夜のパーティーでは出来るだけ隠れて過ごします!」
「それが賢明よ。あ、ちなみに風虎君の衣装ってスーツよね?」
「ん、そこはノーコメントで……」
(あ、ドレスなんだ。悪いこと聞いたわ)
 気まずい雰囲気を感じ取り、桜子はすかさず話題を切り替える。
「ねえ、風虎君の好きな子ってどんな人?」
「えっ!? そ、それ今聞きます?」
「あら、だめ?」
「二階堂さんも教えてくれるのでしたら考えます」
(そうきたか。風虎君はわりと信頼できそうだけど、今はまだ瑛太君のことは言えない)
「ごめんなさい。私には今のところ好きな人はいないわ」
「じゃあ僕も言えません。恥ずかしいので」
 顔を赤くしながら拒否する風虎が可愛く、抱きしめたくなる衝動を覚えながら桜子は微笑んで見せた――――


――夜、パーティー会場に到着すると一斉に注目の的になる。綾乃はもちろんのこと、ドレスアップした桜子も気品溢れており光輝いて見える。
 帰宅後、綾乃から大使館のパーティーに同伴するように言われた瞬間、綾乃と龍英が繋がっていると推理できた。このパーティーで龍英より何かしらのアプローチがあると同時に、綾乃から風虎への牽制がされるのではと危惧する。
 綾乃に付き添う形で知人や関係者に挨拶する中、気になるのは龍英と風虎で会場内をチラチラ見てみるがまだその姿を捉えられない。
(風虎君の言ったことが本当ならば上杉家の方々は全員来場しているはず。どこなんだろう)
 挨拶を終えミネラルウォーターを飲みながら広い会場を見渡していると、会場入り口が少々ざわついており目がいく。
 そこには真紅のドレスの身を包んだ女性が微笑を浮かべながら歩いており、桜子もその美しさにハッとする。
(凄い気品だわ。只者じゃない。同い年か少し上くらいの年齢かしら)
 対抗意識と羨望混ざる瞳で見つめていると、その女性と目が合い相手の方から桜子に歩み寄って来る。
「こんばんは、二階堂桜子様」
(私を知ってる!? 一体?)
「ふふっ、お昼に屋上でした恋バナ、楽しかったですね」
 屋上と恋バナという単語で昼休みの光景が思い起こされ、桜子は目の前の美少女を驚愕の表情で見つめた。

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