二階堂桜子の美学
第三十四話 偽装結婚

 一週間後、夏休み明け以降、誰も話し掛けて来なかったが朝一番で龍英が目の前に立つ。
「桜子さん、おはよう。今日も綺麗だね」
 龍英の言葉を受けるも桜子は綾乃の教え通りに無視する。挨拶を済ませると龍英は去って行くが、去り際に小さく折りたたんだ紙を置いて行く。
 流石にこのままにしておくのも憚られ、紙を取ると開いて中を見る。そこには『屋上で待ってる。君を救う方法がある』とだけ書いてある。
(椿さんから私の現状を聞いたのね。いくら上杉財閥と言えど身内のことには口出しできない。どういうつもりだろう、このまま行けば私と結婚できることは知っているはずなのに)
 訝しがりながらも桜子は席を立ち屋上に向う。期待する部分もあり、念のため盗聴器つきの携帯電話は机に置いてくる。
 到着し向い会うと、龍英は無言でメモ用紙を見せる。『盗聴器の有無を調べるまで黙ってて』と書いてあり素直に頷く。小さな機械をポケットから取り出すと桜子の全身に近づけ、盗聴器を調べている。しばらく調査し何もないと判断したのか、龍英は溜め息を吐いて発見機をしまう。
「やっとまともに話せるね」
「話ってなに?」
「久しぶりに桜子さんの声聞いた。綺麗な声だ」
「要件だけ言って」
「結婚しよう」
 龍英からのプロポーズを聞いても桜子の中には全く響くものはない。
「言われなくてもそうなると思う。綾乃から報告を聞いているでしょ?」
「ああ、でも綾乃さんの考えている結婚と、僕が言っている結婚は違う」
「どういう意味?」
「偽装結婚だよ」
 偽装結婚という耳慣れない単語を聞いて桜子は目を見張る。その様子を見て龍英は笑顔を作る。
「大丈夫、今から説明するから。分かりやすく言うと、僕と結婚したように見せかけて離婚する。そして、自由になった桜子さんと真田が晴れて一緒になる、って作戦。婚姻届さえ出さなければ結婚は成立しない。上杉家が結納する立場だから結婚詐欺と訴えられることもない。完璧でしょ」
 とんでもない作戦に桜子は心底驚いている。
「ちょっと待って。それって二階堂家を欺くだけじゃなく、上杉家まで欺く行為でしょ? 上杉君のご両親にも迷惑が……」
「大丈夫、家族は説得済み。むしろ桜子さんを救おうとノリノリだったよ、特に風子がね。ウチの家族、結構こういう人助けが好きな連中ばかりだしね」
「でも、それじゃ上杉君が道化を演じることになるわ」
「そうなるね」
「なんでそこまでしてくれるの?」
「それ聞くかな? 好きだからに決まってるだろ? まあ事件の恩義もあるけど、やっぱり好きな相手だからこそ、いつも笑顔でいてほしいし、幸せになってほしい。好きな相手の幸せを優先できないヤツなんて、恋愛する資格ないし、なにより、美学に反するだろ?」
 桜子の決めゼリフを龍英は笑顔で語る。
「上杉君、貴方……」
「ちょっとはいい男になっただろ?」
「ええ、瑛太君が居なかったら惚れてるかも」
「居なかったらの限定条件ね。それはいいとして、今、その瑛太を全力で捜しているところなんだけど、見つからないんだよ。桜子さん、何か手がかりはない?」
「分からないわ。私も心配してるの。綾乃の部下に半殺しの目に合って、それ以降見てない。生きているとは思うけど」
「そっか、まあ、こっちも焦らず調べてみるよ」
「お願いするわ。あ、そう言えば気になることがあるんだけど聞いてもらえる?」
「もちろん」
「綾乃が私と瑛太君の恋愛を応援してくれるような発言をしたんだけど、どういう魂胆だと思う? いくら考えても真意がわからないの」
「それホント? だとしたら、意味が分からないね。瑛太を半殺しにして別れさせた張本人が応援って。何より、この婚姻だって綾乃さんは率先して進めてる。桜子さんの気持ちを試しているくらいしか考えられないかな」
「そうよね。私もそう考えた。でも、言われときの状況とかを考えると、綾乃の言葉が嘘とは言い切れない感じだったの。考え過ぎかしら?」
「綾乃さんは頭脳明晰で何手も先を読んで行動してくるタイプだよね? 言葉通りに捉えるのは危険だと思う。仮に綾乃さんが本心で桜子さんを応援してたとして、メリットがどこにあると思う? 考えられないだろ?」
(確かに、私を応援することに何のメリットもない。瑛太君とは身分が違いすぎて二階堂家にもメリットはないし)
「やっぱり試しているのかしら? 私の本心を」
「そう考えるのが妥当だよ」
「でも、私がまだ瑛太君を好きだと言った後に、綾乃は応援すると言ったのよ? おかしくない?」
「ごめん桜子さん、君の実のお姉さんだし悪く言いたくないけど、綾乃さんは信用できないよ。ずっと監視してたり瑛太を殺そうとした事実だけを見ても一目瞭然。桜子さん、その事は忘れて偽装結婚の作戦に集中した方がいい」
「そうね、わかったわ」
 釈然としないものの、龍英の考えた作戦が自分を助けるためということもあり素直に従う。この作戦において一番の肝は表向きは完全な結婚をしておきながら、裏では全く法的手段を取らない点にある。
 それゆえに、結納から式に至るまでその全てを上杉家が取り仕切る必要があり、龍英はそこさえクリアすれば後は勝ったも同然だと語る。
 しかし、桜子を支配し思いのままに操りたがる綾乃が、それを許すとは思えず桜子は不安な面持ちで作戦の内容を聞いていた。

< 34 / 40 >

この作品をシェア

pagetop