二階堂桜子の美学
第三十六話 二人の決意

 桜子の告白に、会場は水を打ったように静まり返る。つい先ほどまで拍手で沸いていた場所とは思えないくらいの静寂が流れ誰一人口を開かない。何も言えない数秒が流れ、綾乃がやっと口を開く。
「桜子、貴女、今のセリフ、どういう意味を持っているのか分かった上で言ってるのよね?」
「はい」
「私が長年に渡り教え込んできた美学に反するわ。恥ずかしいとは思わないの?」
「人を愛することに美学なんて必要ない。想いがあればそれだけでいい」
 壇上からハッキリとした対決姿勢を打ち出し、桜子は綾乃を睨み付ける。
「こんなとんでもない非礼を行った貴女は二階堂家追放。それだけに止まらず、貴女たちがこの世の中で生きて行き難いように包囲網を張るわよ」
「構いません。後悔はしません」
 二人のやりとりを龍英や瑛太も含め全員が固唾を呑んで見つめている。
「全てのキャリアも人脈もなくなる。明日から貴女、どう生きて行くのかしら?」
「自分で働き、自分で人生を切り開いて行きます」
「どこの会社も採用しないように手を回すわ」
「それでも何とかします。瑛太君と二人なら、乗り越えられると信じています」
 綾乃は溜め息をついて瑛太の方を向く。
「瑛太君、貴方も桜子と同じ気持ちかしら?」
「もちろん。なにがあっても桜子を守って行く」
「真田家を追放され、社会的に苦しい環境に落とされてもいいのかしら?」
「全く問題ない。海外という選択肢だってある」
「桜子のため、人生を棒に振っても、命を落とすことになってもいいの?」
「もちろんだ」
 瑛太の言葉を聞いて、綾乃は背後のテーブルに座る二階堂当主でもある繁盛の方を振り向く。そして、繁盛が頷いた瞬間、綾乃はその場で崩れ落ちるように座り込んでしまう。
(綾乃? 一体どうしたんだろ?)
 疑問に感じ近づくと、綾乃は床に座り嗚咽を吐きながら泣いていた。
(な、なんで泣いてるの!? 訳がわからない!)
 口に手を当て泣き尽くしている綾乃に、タキシード姿の男性が近づいて行く。桜子はそれが誰か分からず警戒するが、瑛太は驚いて声を上げる。
「隼人兄さん!?」
(えっ? この人が隼人お兄様。なんでここに? ダメだ、一度にいろんなことが起こり過ぎて理解できない)
 困惑しながら見ていると、隼人がマイクを拾い口を開く。
「桜子さん、瑛太、結婚おめでとう」
 笑顔で語る隼人に続き、会場の親類全員からも祝いの言葉が一斉に飛ぶ。現状が理解できず呆気に取られているのは、桜子、瑛太、龍英の三人だけで、上杉家の両親や風子も拍手している。桜子は怖くなったのか、瑛太の方に駆け寄る。
「瑛太君、コレどういうこと?」
「俺にも分からん。狐に摘まれた気分だよ」
 盛大な拍手に戸惑っていると隼人が語り始める。
「混乱してるだろうな。それはもっともだと思う。しかし、それも真田家と二階堂家の運命みたいなもんだからな、許してくれよ」
 にこやかに語る隼人に反発するかのように瑛太が詰め寄る。
「どういうことか説明してくれ」
「ああ、そのつもりだ。まずは席について落ち着いてからだ」
 泣き止まない綾乃を優しく座らせると、同じテーブルに桜子、瑛太、龍英が座る。
「まず瑛太に言わなければならないことがある。俺たち真田家は二階堂家と並ぶ名門で、古来よりずっと支え合ってきた仲だ」
「身分の低い家柄じゃなかったのかよ」
「そういう風に育ててただけだ。実際は資産家だ」
「なんだそりゃ、俺の今までの苦労はなんだったんだ」
「苦労させるための嘘だったんだよ。オマエを成長させるためのな」
「ものは言いようだな。ま、成長できたのは確かだけど」
 納得できる部分もあるのか瑛太は渋々頷いている。
「次に桜子さんのことなんだけど……、綾乃、オマエが自分から話すだろ?」
「はい、隼人さん」
 涙を拭きながら綾乃は隼人に答える。二人の雰囲気はまるで恋人か夫婦のように見える。
「桜子、ここまでよく耐えて頑張ったわね。姉として誇りに思うわ」
「どういうことなの?」
「全ては貴女と瑛太さんを限りない絆の上で結婚させるための行いだったのよ」
 綾乃は決して人前で取らなかったトレードマークのストール外しながら語り始める。その語られる衝撃の事実に、桜子のみならず瑛太も龍英も唖然としていた。


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