二階堂桜子の美学
第四話 久子

 翌日、昨夜たしなめられたこともあり、別荘内で瑛太と顔が合うも意識して目を逸らす。瑛太も避けられているのを理解しているようで、どこかぎこちない。午前中の勉強を済ませリビングへ行くと久子がメロンを用意している。
「桜子お嬢様、お勉強お疲れ様でした。冷たいうちにメロンをどうぞ」
「ありがとう、久子さん」
 大きなソファに座り、切りたての冷たいメロンを頬張る。見渡すと室内には久子しかおらず疑問に思う。
「久子さん、お父様達は?」
「旦那様と奥方様は外せぬ用事があると。綾乃お嬢様は買い物に出掛けられました」
 買い物と聞き、桜子の脳裏には昨日のキスシーンが蘇える。
「そうですか。あ、瑛太君は?」
「瑛太ならその辺で走り回っているでしょう。お気になさらず」
「はい」
 明るく返事をした後、桜子は少し寂しそうな顔をする。久子はその表情を見て隣に座る。
「桜子お嬢様、瑛太と仲良くしてくれてありがとうね」
「いえ、私の方こそ。昨日は怪我をしてまで猪から守ってくれて嬉しかったです」
「瑛太が猪と遊びたかっただけですよ。気にしない気にしない」
 冗談交じりに語る久子を見て桜子はホッとする。両親や綾乃と違って親近感もあり話し易い。毎年別荘に来る事を楽しみしているのは、瑛太に会えること以外に癒し系の久子との交流もあったりする。
 普段あまり食べさせてもらえないジャンクフードも、ここに来るとこっそり食べさせてもらえたりし、新鮮な経験をたくさんさせてもらっていた。
 綾乃に言えないような悩み等も久子には気軽に言え、桜子は昨夜のことを相談しようと決心する。
「あの、お聞きしたいことがあるんですけど」
「はい、どうぞ」
「お姉様から瑛太君と仲良くしないように言われました。どうしたらいいですか?」
 純粋な瞳で見つめてくる桜子を久子は優しい表情で見る。
「気にしなくていいと思いますよ。桜子お嬢様はまだお若いのですから、お好きなようになされば」
「でも、お姉様に叱られてしまいます」
「叱られたら私が慰めて差し上げます。軽井沢にいるときくらいは、この久子がお守り致しますわ」
 優しく頼もしい久子の言葉に桜子は嬉しくなる。
「桜子お嬢様が瑛太のことをお嫌いなら無理にとは言いませんが」
「そ、そんなこと、ない、です……」
 頬を赤らめ答える姿を久子は微笑ましく見守る。桜子は嬉しくも照れつつメロンにフォークを立てる。甘く美味しいメロンを堪能していると、側にある電話が鳴り久子はソファを立つ。
「はい、二階堂でございます。旦那様。はい、桜子お嬢様ならば側に。ええ、まだ大丈夫だと思いますので」
 自分の名前が出て桜子は久子の方を見る。久子は緊張しているのか真剣な顔で話している。
「えっ、今夜ですか!? そうですか。分かりました、そのように……」
 電話を切ると浮かない顔で久子が戻ってくる。
「久子さん、お父様から何か言われたの?」
「ええ、今晩は旦那様奥方様、綾乃お嬢様、三人とも戻られないそうです。それと、私も今夜は用事がありまして……。桜子お嬢様、今晩だけお一人ですが大丈夫ですか? ああ、瑛太や他のお手伝いさんはおりますよ」
 突然の話に桜子は戸惑うが瑛太がいると聞き一安心する。
「大丈夫です。瑛太君がいるなら安心なので」
「助かります。今夜は瑛太と一緒に寝ても誰もとがめる者もおりませんから、ご自由にお使い下さい」
 久子からの驚くような発言を貰い、桜子の頬は再び赤く染まっていた。
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