二階堂桜子の美学
第三話 違う人種

 綾乃に背負われ無事帰宅すると、瑛太の母親でお手伝いさんでもある久子(ひさこ)から大げさに心配され治療に当たられる。
 反対に瑛太は名誉の負傷ということで華麗に無視された。擦り傷や切り傷が日常茶飯事の瑛太に治療は必要ないとの判断だ。
 綾乃には小屋でのことは聞けず、とにかく怪我について謝られた。その上で、一緒に居たことにして欲しいと怖い顔で念を押される。まだ小さいながらも、隼人との関係を知られたくないのだということだけは理解でき素直に頷く。
 両親からは特に心配されることはなく、美味しい夕食を取ると風呂を済ませ自室へと戻った。まだ足は痛むものの歩けないこともなく、少し安心しながらベッドに座る。
 足の痛みが気にならなくると自然と頭をもたげるのは綾乃と隼人が重なるシーン。漫画やドラマの内でのキスシーンは幾度となく見ていたが生のキスシーンは初めてで、それが実の姉ともなるとその衝撃は相当のものがあった。
(いくら考えても理由が分らない。あの清楚で完璧なお姉様が、隼人お兄様と。なんで……)
 溜め息を吐き思い悩んでいると、部屋のドアがノックされ瑛太が顔を覗かせる。
「よう、入っていいか?」
 桜子が頷くと瑛太は迷いなく入り隣に座る。額には猪戦できた傷を覆う絆創膏が見て取れる。
「足、大丈夫かよ?」
「うん、大丈夫。歩けるし」
「そっか、良かったな」
 身体を張って自分を守り、足のことまで心配してくれる瑛太の姿に桜子はときめきを覚える。
(瑛太君、優しくてカッコイイ)
「足痛いと、うんこするとき大変だもんな」
(下品で馬鹿なのが珠に傷だけど……)
 少し冷めた目で見つめていると、瑛太も桜子の方をじっと見つめてくる。
(瑛太君も私を見てる。もしかして、瑛太君、私のこと)
 ドキドキしているといきなり立ち上がり、桜子の背後にある窓へと駆け寄る。あっけに取られつつ瑛太の背中を見ていると、予想外な言葉が飛び出す。
「おい、見ろよ! 外、ミヤマだぜこれ!」
 ミヤマが分からず窓の外を見ると、そこにはミヤマクワガタがのそのそと歩いている。
「うおおー! カッコいいー!」
 クワガタに目を輝かす瑛太に唖然としていると、瑛太の声が気になったのか隣の部屋にいる綾乃が様子を見にくる。
「騒がしいと思ったら、やっぱり」
「あ、ごめんなさい。お姉様」
「夜、自分の部屋に男の人を入れてはダメと教えたはずよ。軽い女に見られるわよ」
「は、はい」
 緊張する桜子を見て瑛太も少し緊張している。
「瑛太さんも、夜に女の子の部屋へ行くようなマネはよくないわ。覚えておきなさい」
「分かりました。もう出ます。おやすみなさい」
 頭を下げて出ていく瑛太を見送ると綾乃はベッドに腰かける。
「桜子、隣に」
 威圧感ある声色に桜子は身が引き締まる。
「いいこと? 交流を持つ相手は選びなさい。貴方は名門二階堂家の娘なのです。頭の悪い人間と話したり、あまつさえ付き合うなどということがあってはならない。あの者達と私達は違う人種、住む世界が違うのです。自身にプラスとなる付き合いをする、そして下賎な者は利用し捨てる。これを肝に銘じておきなさい。いいですね?」
「はい」
「よろしい。今後は瑛太さんに気安くしないこと。いいわね?」
「はい」
 返事を聞くと綾乃はベッドを立ち上がり部屋を後にする。
(違う人種で付き合ってはいけない。でも、お姉様は隼人お兄様とキスをしてた。言ってることと違う。なんで私だけこんな思いを……)
 納得がいかない思いと瑛太への想い。そして、綾乃と隼人との関係が重なり、桜子の心は釈然としない思いに駆られていた。

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