二階堂桜子の美学
第九話 マカロン

 現在、あの夏以降、瑛太との距離は離れてしまい別荘に行くこともなくなった。桜子も高校生となり、当時の綾乃と隼人がどういう関係だったのかも当然理解できている。それと同時に綾乃が汚い存在に映り、最近では距離を置くようになった。
 下賎な者と罵り避けていた人間と隠れて肉体関係を持っているなど、二階堂家の娘として不適格としか思えない。綾乃を見限り真に令嬢と呼ばれるに値するは自分自身以外にいないと判断してからは、美に磨きを掛け誰にも文句を言えさせないくらいの立ち居振る舞いをしている。
 一方、五年前に心の奥底に秘めた瑛太への想いは未だ存在し忘れられずにいた。会おうと思えば会えるのかもしれないが、瑛太に会うことで、ここまで昇り詰めて来た美の格が落ちるのも躊躇われる。
 己の中で汚いと烙印している綾乃と同じ位置まで下がるのは絶対あってはならない。早百合たちの話を聞き流しながら考えていると、椿から名前を呼ばれる。
「桜子さん? 聞いてます?」
「ごめんなさい。なにかしら?」
「マカロンですよ。原宿で流行っている人気のスイーツです。素材に拘っていてふわふわ感が素晴らしいんですよ」
「そう、それは一度賞味したいわね」
「そうこなくては。早速放課後にいかがですか?」
「ごめんなさい。今日は日舞とお茶のお稽古が入ってるの。明日なら一時間くらい余裕があるから、明日にして貰えるかしら?」
「分かりました。では、明日皆と参りましょう」
 のりのりな椿を見て美和が含み笑いをしてから口を開く。
「椿さんはマカロンではなく、店員さん目当ての間違いなのでは?」
「ちょっと、美和さん!」
 顔を赤くしながら抗議する椿を桜子は微笑ましく見守っていた。

 翌日、約束通り放課後に原宿へと赴く。美和の話によるとマカロンが美味しいのは認めるが、何より店員の男性がカッコよくて目の保養になるとのこと。椿はその店員にすっかりハマってしまい、週に三回は通っているらしい。
 その話からマカロンが楽しみなのは言うまでもなく、椿がそこまでハマる店員とやらも一度見ておきたい気分になっていた。行列の出来ている屋台の前まで来ると椿はどこかぎこちなくその様子が可愛く映る。桜子はそんな椿を見て語りかける。
「四人で買いに行くのかしら? 混んでるみたいだし、椿さんに一任する?」
「えっ、ダメですよ桜子さん。私一人だと緊張して買えません!」
「可愛いわね。分かったわ。じゃあ、私と二人で参りましょう」
 緊張する椿を引きつれ列の最後尾に並ぶ。真剣な表情の椿はとても可愛く、その純粋さに桜子も笑顔になる。
(やっぱり心が綺麗な子は側に居て安心する。名門とか言われてるけど家なんて皆が皆無関心で、心がドロドロしてる。最低よ)
 内心で椿と綾乃を比較しつつ順番を待つ。桜子たちの番が回ってくると男性店員が挨拶をしてくる。
「大変お待たせしました。あれ、椿ちゃん。また来てくれてたんだ。ありがとう!」
「い、いえ、そんな。マカロンが美味しくて、つい……」
(この男性が椿さんの意中の人。確かにカッコイイ。同い年か少し上くらい。大学生かな?)
 値踏みするように店員を眺めていると、桜子を一瞥してから椿に話しかける。
「あれ、今日は美和ちゃんとじゃないんだね。隣の綺麗な子も友達?」
「はい、クラスメイトの桜子さんです」
「桜子、さん……」
 店員と目が合うと桜子は会釈する。
「二階堂桜子と申します。イチゴとチョコのマカロンを各四つずつお願いします」
「はい、少々お待ち下さい」
 手際よく焼き立てのマカロンを袋に詰めている店員を椿はじっと見つめる。そんな熱い眼差しを向ける椿が少女漫画のように乙女チックで、桜子の心に温かい気持ちが湧く。
 しばらく待っていると梱包が済み会計を促され、四人分を椿が支払うとお釣りと同時にポイントカードも返ってくる。憧れの店員から手渡しでお釣りを渡される椿は予想通り喜色満面だ。。
 そんな姿を温かく見守りつつ店を後にしようとすると、店員が突然桜子を呼び止める。
「あの、桜子ちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「これ、ポイントカード。どうぞ」
(私が一人で来ることを想定しての進呈かもしれないけど、正直ゴミね)
「どうもありがとう」
 内心拒否しつつも椿の手前、笑顔で受け取る。近くの公園に移動するとベンチに並んで座りマカロンを食べ始める。美味しいマカロンを堪能しつつ、桜子はふと貰ったばかりのポイントカードを取り出す。
 表紙には店名である『ミルキィ』の文字が可愛くプリントされている。裏を向けると、そこには携帯電話の番号と真田瑛太という名前が記されていた。


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