次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 いつも訪れる社長室と造りは似ていたが、独特の香りがなんだか鼻につく。居心地悪く立っていると座るように勧められたので、来客用ソファにゆっくりと腰かけた。机を挟んで目の前に専務が座り、こちらを見ながら腕を組む。

「挨拶が遅くなって申し訳ない。いや、三日月今日子さんの孫だと聞いていたから、てっきり女優の三日月朋子さんかと思っていたら、まさかお姉さんの方でうちの社員だったとは」

 じろじろと不躾に投げかけられる視線を、なんとかやりすごす。

「直人もそこまで、なりふりかまっていられなかったんだろう」

 俯きがちに私はぎゅっと膝の上で握り拳を作った。専務の言い方はわざとなのだ。この言い方から、私に、というより直人に対してあまりいい感情を抱いていないのは伝わってくる。

 なにも言葉を発しない私に専務はさらに聞いてきた。

「直人には、なんて言われて結婚を申し込まれたんだい?」

 質問の意図が読めずに警戒心が強くなる。しかし、さすがに黙ったままでは通せそうにない。

 どうしようか、と時間にして数秒迷った、そのときだった。部屋にノック音が響いて、私も専務の視線もそちらに注がれる。秘書の男性が出迎えようと向かったが、それよりも先にドアが開いた。

 私は瞬きもせずに、そちらを見つめる。そこには怖い顔をした直人がいて、こちらを一瞥すると、まっすぐに私の元に歩いてきた。

「勝手に人の婚約者を連れていかれては困ります。ここは会社ですよ」

 直人は専務の方を見ないまま冷たく告げた。専務は気にする素振りもなく、足を組み直す。

「そんな必死にならなくても彼女になにもしたりしないさ。それに直人も悪いんだぞ。婚約したならそう報告してくれてもいいじゃないか」

「仕事が忙しかったもので、なかなか時間がとれませんでした。社長不在のこの時期に補佐役の専務がわざわざ長期出張されますから」

 もしかして、直人がここ最近忙しかったのは……。そんなことを考えていると、直人は私に立つように促すので、おとなしく従う。
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