次期社長と甘キュン!?お試し結婚
「今、帰ってきたの。飲み会は、延期になっちゃって」

 幸い、まだ仕事から帰ってきたままの格好だったから、私の発言が疑われることはない。直人が少しだけ安堵した表情を見せ、そのことにまた胸が痛む。

「私、着替えるから」

 素っ気なく返して、ドアを閉めようとしたところで直人から声がかかった。

「早く帰って来たんだし、映画でも一緒に観るか?」

 いつもの調子で尋ねられ、私はつい眉を寄せた。直人はなにも悪くない。一緒に観てほしい、と言い出したのは、私の方だ。けれど、

「ごめん、今日はちょっと疲れてて」

 視線を落とす。さっきの発言を聞いた今で、私は上手く取り繕えなかった。おかげで、直人がなにかを言いかけたが、それを無視して強引に扉を閉めた。

 再びベッドに身を投げる。そして、先ほどの直人と栗林さんのやりとりを何度も頭の中で繰り返していた。

 ああ、そっか。なんだか、色々納得できた。私と結婚するのも、祖父のため、なんて言われるより、自分が社長になるため、という理由の方がよっぽどすっきりする。

 だから傷つく必要なんてひとつもない。最初から直人が私のことをどう思っているのかなんて聞かされていたことだ。

 それを分かっていたから、私もあんな条件を出したのだ。あの条件があるから、直人は私に優しくしてくれていただけなのに。

 直人はなにも変わっていない。私だけが変わってしまった。直人の望むように、私自身も願ったように、私は彼に惹かれている。いいんだ、これで。

 それなのに、どうしてこんなにも苦しいんだろうか。分からない。上手く息ができなくて呼吸が乱れる。重い鉛が心の中に沈んで、淀ませていく。

 次に、どんな表情で直人と顔を合わせればいいのか分からない。とりあえず、そのことばかりを心配した。外の雨はやんだのだろうか。
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