石川くんにお願い!
神頼みか、石川頼みか


見たくないものというのは、必ずしも避けられるものではないと思う。

現に私は…いま
その”見たくないもの”を目の当たりにしてしまった。そのせいで彼のために持ってきたショートケーキが私の足元を汚してしまっている。


「……なにしてるの?」

「あ、あ、朱里…」

「………っ」

青ざめる彼氏と
涙をポロポロ流す親友


ここって間違いなく私の彼氏の家だよね…
二人が乗っているのは、うん…ベッドだ。

お泊まりした日は、必ずくっついて眠る私の癒しの場所。

その下には服が脱ぎ散らかされていて、さっき入ってきた時は間違いなくギシギシとベッドが音を奏でてた。


バカでも何があったか一瞬で理解できるこの状況に息をすることも忘れた。


そして呆然とケーキを落としてしまった音で、二人が私に気付いたというのが今。


「………説明して…」


やっと出てきたのはそんな言葉だった。


そんな説明を聞いたって私の欲しい答えではないこともわかっている。


だけど聞かずにはいられないなんてなんてバカなのだろう。

「………これは…」

「…何もないわけ…ないよね?」

「……っ」


ああ…やっぱり

状況はわかった。


この部屋で抱き合ってた上に、私が来たことでびっくりしてる。やましいことが有るのは初めからわかっていた。


それでも心がついていかず、吐き気がしそうなくらい全てがいまグルグル回っている感覚


「……大ちゃん…何か言って……」

だけど私だって期待したい

悪かった
出来心だった
お前が一番大切だ


そう言ってくれれば少し話の展開は変わっていたと思うの

だけどそんなくだらない期待は一瞬で散ってしまった。


「お前のせいだろ!!キスしただけであんなにビクビクされたんじゃ、男として自信無くすっつーの!!」


頭がトンカチで叩かれたみたいに痛い


…きたよこれ。
大ちゃんお得意の責任転嫁
喧嘩するとそうなのは長い付き合いで知ってるけど、いま使うのは違うでしょ。

謝罪じゃ無い。
言い訳でも無い。
聞きたい言葉は何一つそこに含まれてない。


「…なにそれ…私が悪いの?」


「…お前と甘いムードになってもすぐ強張るし、萎えるんだよ。そりゃ浮気するだろ!!」


絞りでた言葉へのお返しは無情にもトドメだった。

私のHPもう0なんだけど。


なに…これ怒りなのか…それとも悲しみなのか全くわからない。



私は確かに不感症という病気だ。過去にあった出来事を引っ張っていて、甘いムードからその先へ行くのが怖いし嫌いだし、感情がついていかない。



愛を確かめるはずの行為でも私にとっては苦痛すぎて、どうしても身体が強張ってしまう。だって嫌なんだもん。仕方ないじゃん。


しかも……付き合う前からそれはちゃんと伝えてあったし、知ってたことじゃない。



『朱里大丈夫か?
俺はお前がいるだけで幸せ
無理するなよ』


そんな言葉がどれほど嬉しかったか、どれだけ救われたかそんなこともわかってくれていなかったの?

涙がグッと込み上げてくる。


「……っ」


「…なんだよ。朱里」


見せ掛けだけの言葉だったんだね。全部嘘だった…。


そう理解したのに

別れよう

と言うたった5文字が喉をつっかえて出てきてくれない。


なんでこんな時にこんな人との楽しい思い出が蘇っちゃうの…

頼むから…追い討ちかけないで。

「……」

自分にそう言っても未だ言葉は出て来ず。

ねぇ…ちょっと待って。
私こんな人に未練があるの?はっきりと浮気現場を抑えてしまったのに、どうして声が出ないの?


どうして…なにも…言えないのっ。



涙がいま流れるというギリギリをこらえて、私はその場から逃げるように走り出した。



給料日だからとサプライズで買ったケーキ

私今日バイトだし一人寂しくぼーっとしてるんだろうな…少しの時間でも会うか。なんて

「いつもありがとー!!」


といきなり現れて仲良く食べる予定だったそれ。

見るも無残になっていた姿を思いだしたらついに涙が零れ落ちた。




こんなのとんだ逆サプライズだよっ!!
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