イジワル御曹司に愛されています
あきらめないで
都筑くんの絶望が、伝わってきた気がした。


「久しぶりだな、名央。この間忍び込んできたときは、会えなかったもんな」

「忍び込んだわけじゃないよ」

「まあいい、俺に会えて満足したなら、さっさと済ませろ」


顎で、くいとテーブルの上の書類を指す。都筑くんは右手のペンを、ぎゅっと握りしめた。


「…なんで、こんなやり方」

「株よこせって頼んだとき、お前が無視したからだろ」

「そうじゃなくて。昔みたいに、父さんを助けてあげたらよかったじゃないか。そうしたら、こんなことしなくても」

「俺に会社をくれたのにってか? どうだかなあ。俺はお前ほど人がよくないんでな。そんな不確かな可能性に賭ける気はなかったんだよ」


年齢と立場のぶん、凄みを増した都筑くん似の目が、私を捉えた。ぎくっとして小さくなった私を見て、ふっと微笑む。そうするとますます似ている。


「デート中だったか、悪かったな。サインさえもらえれば、続きさせてやるから。早く片づけちまえよ」


都筑くんはうつむいて黙り込み、やがてのろのろと、右手を書類の上に載せた。けれどペンはまだ動かない。

怜二さんは少しの間それを見守り、しゃがみ込むと都筑くんの頭をくしゃくしゃと親しげにかき回した。


「頼むよ。取締役の顔ぶれが変わったら、これを通すのも面倒なんだ」


おとなしく聞いていた都筑くんが、はっと顔を上げた。


「やっぱり、そのために俺を総会に行かせなかったんだね」

「そうそう。退任決議があったんでな、お流れにしたかった」

「なんでそこまで…」


都筑くんの声が揺れる。


「もう一回言わせるのか、物覚えが悪くなったな」

「俺は、別に叔父さんの意思に反対する気なんてなかった。相談してもらえれば、聞いたのに」

「嬉しいこと言ってくれるね。だがお前は、最終的には兄貴の味方だろ? 俺の意思に沿うのは、言うほど簡単じゃなかったんじゃないかなあ」

「父さんだって、叔父さんを排除する気なんてなかったはずだ。叔父さんが自分から、疑心暗鬼になって敵対しはじめたんじゃないか」

「生意気になったな、名央」
< 127 / 196 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop