イジワル御曹司に愛されています
「あの、ここね、ごちゃごちゃに見えるんだけど、だいたい派閥ごとに固まってるの。どこの先生かわかれば、案内できるかも」

「え、ほんと?」


都筑くんは迷わず上着の内ポケットを探った。取り出した名刺入れから、一枚出して見せてくれる。会ったことはないけれど、お名前は知っている先生だ。


「たぶん、あっち」

「サンキュー、すげえ助かる」


私は、代表格である研究機関の名前をとって"新研派"と呼ばれる一派が集まる、ホールの隅のほうを目指して歩きはじめた。

倉上さんは一緒じゃないの? とか、松原さんもどこかにいるから、あとで会ってあげてね、とか。今しかできない会話がいくつも思い浮かぶのに、冷たい反応をもらったらと思うと、言葉に出せない。

都筑くんのほうも、特に私と会話する意思はないらしく、無言でついてくる。私は目指す集団を探すふりをして、自分に向けた沈黙の言い訳を作った。


「あ、都筑くーん、こっち」


近くまで来ると、先方のほうからこちらを見つけてくれた。グラスを掲げているのは、黒々とした髪をなでつけた、40代くらいのスーツの男性だ。成功している人に特有の自信が全身からみなぎっている。


「ご無沙汰しております。追いかけてしまって申し訳ありません」

「いやこちらこそ、こんなところまで来てもらってすまないね。飲み物は? まず乾杯しよう」


これが終わったら会社に戻るのであろう都筑くんは、控えめに同意し、通りかかったスタッフのトレイからワイングラスを取った。


「こちらのお嬢さんは?」


せっかくなのでご挨拶させてもらおうとしていたら、ちょうど水を向けてくれたので、あいた手で名刺を取り出して渡す。


「協会の千野と申します」

「協会さんか! お会いできて光栄です、渡瀬(わたせ)です」


私の会社は、界隈では"協会"で通じる。私は「お名前存じ上げております」とグラスを合わせて、すでにかなり聞こし召している様子の先生の話に耳を傾けた。

異変はすぐに起こった。

スカートの腿のあたりをくすぐるふわふわした感触。あれっと思い、後ろを目で探るも、付近には誰もいない。私の右側に都筑くん、左側には渡瀬先生。

指先はだんだんと際どい場所に移動し、タイトスカートの後ろの、脚と脚の間をなぞりはじめる。私は笑顔を作るのが難しくなった。
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