イジワル御曹司に愛されています
「なんか、疲れた」


ぽつりと吐かれたその言葉が、都筑くんの本音のすべてだったように思えて、胸が痛んだ。




あっ、マフラーしたまま帰ってきちゃった!

と気づいたのはフロアに入ってからだった。


「千野さん、この間の法改正の内容って、どこかにまとまった資料あったっけ?」


慌てて外してバッグにしまったところに、松原さんがやってくる。


「はい、あります」

「ごめん、教えて」


私は壁際のキャビネットの前に行き、バインダーの背表紙をたどった。


「環…告示…これですね。水質保全の統計も出しておきます?」

「ありがとう、助かる」


二冊のバインダーを出して渡すと、その場で開いて読みはじめる。急ぎの案件というよりは、内容をさらっておきたかった様子だ。


「あの…」

「うん?」

「株主総会って」

「株主総会?」


唐突すぎたらしく、目を剥かれてしまった。


「どうしたの、社会勉強?」

「いえ、えーと、あの、例えばですね、すごくたくさんの株を持った株主が、総会に参加するのを妨害するような動きがあったとして」

「サスペンスドラマでも見たの?」


そんなところです、とあいまいに濁した。


「その目的って、なんなんでしょう?」


松原さんは親切にも、うーんと本気で考えてくれている。
< 91 / 196 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop