例えば危ない橋だったとして
深みに堕ちた先に

昼休みも半分が終わろうかという頃、わたしはこっそりと資料室を抜け出した。
黒澤くんは一足遅く、時間差で食堂へ向かったはず。
ひとまず、わたしがデスクへ戻った時には、廊下には誰もおらず、目撃は避けられたようだ。

「あれ? 榊ちゃん昼休み前からいなかったよね? どうかしたの?」

デスクに戻ったわたしに、前の席の男性社員、岩井さんが声を掛けて来た。
わたしは動揺している心中を悟られないよう、出来る限り平然とした笑顔を装う。

「資料室に行ってたんですけど、そのまま買い物行っちゃいました」

岩井さんは、そうなんだ、と特に気にも留めていなさそうな笑顔を返してくれたので、安心する。


しかし、わたしは席に着くと頭を抱えていた。
本当は朝に買って来たコンビニのお弁当を広げたものの、全く喉を通らない。
何てことをしてしまったんだ……。

受け入れてしまった、黒澤くんを。
どうしよう……わたし、付き合うの? あの完璧星人もとい完璧の仮面を被った人と??
そもそもわたしは、付き合ってもいない人とキスをしたことなど無かった。
もう3回もしてしまった。
この関係は何だ?

思い悩んで、頭を過ぎった考えに、驚いて顔を上げた。
これはもしや……俗に言うキスフレとかいうやつじゃ……。
何これ! なんか、卑猥!

自分の考えに興奮し、ひとりで顔を手で覆って首を左右に振っていたので、明らかに不審だと気付いた。
辺りを見回し人を確認したが、岩井さん以外の近くの席の人は出払っていて、今度は安堵の表情を浮かべた。
デスクには端末が多いため、前の席の岩井さんからわたしは死角となっているはずだ。

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