とあるレンジャーの休日
医務室の日常

00

 
 その日。
 戸ヶ崎紫乃(とがさきしの)が家を出ると、昼間にもかかわらず、頬にヒヤリと冷たい空気を感じた。
 見上げれば、澄み渡る空には、一筋の飛行機雲が長くまっすぐ尾を引いている。
 通りに出れば、並木は葉っぱが乾いて色と形を変え、街はすっかり秋の景色に染まっていた。

 彼女が向かっているのは、家から歩いて約5分の距離にある自衛隊の駐屯地だ。
 その広い敷地は、県道と国道バイパスに囲まれ、閑静な住宅街の中にある。

 紫乃が足を踏み入れたのは、立哨(りっしょう)警備員がいる基地正門ではなく、若い自衛官たちの暮らす隊舎が立ち並ぶ、居住区域の方だった。

 自衛官は採用されてからの数年間、いくつかの例外を除き、ほぼ全員がこの営内隊舎での居住を義務づけられている。

 ここの隊舎は、造りも一般向けの公営団地と変わらず、眺めただけでは見分けがつかない。
 周囲を壁と柵で囲われた基地とは違い、居住区域には、ごく一般的な網状のフェンスが張られているだけで、人の出入りを制限する様子もなかった。

 その居住区の一角にある医務室が、紫乃のバイト先である。
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