シークレット・サマー ~この世界に君がいるから~
 亜依はあっけにとられたような顔で、それでも「おかえり」と返してくれた。やはり親友だ。

「未波ちゃん、これ一口食べる?」
「いらない。わたし、味覚音痴じゃないもん」
「いや、これは絶対おいしいって」
「本当に?」

 熱心な航の勧めに従って、差し出された料理を食べた。
 味はよくわからなかったけれど、また涙がこぼれる。

「ほら、泣くほどまずいって」
「それは亜依どのの主観だろ。言っとくけどおいら、健康診断の結果、オールAよ? 健康優良児だよ? つまりおいらが摂取してる食べ物は、栄養学的に優れていて問題はない」
「辛子も蜂蜜もソースも毒だとは言ってない。でも健康でうちに張り合おうなんて百年早い」

 ああ、もう。なんて日常。
 機械音痴と方向音痴と味覚音痴が集まって、最高の音楽を奏でる運命。

 長い旅を経て、帰ってきた。ここはわたしの望んだ世界。
 二十二歳のわたしたちが生きる現実。
 バンドは続き、新しい日々が始まる。
 もうあの十四歳の夏に戻ることはないのだと思うと、懐かしくてせつない。
 いろいろなことがあったな、と思う。
 一度くらいはプールで泳いでもよかった。プールサイドで花火とか、やってみたかった。映画やミュージックビデオみたいな振る舞いは、本物の中学生には難しい。
 閉校になったわけでもなく、校舎や部室は今も変わらず残っているはずだ。卒業生としてふらりと立ち寄ることはできるけれど、きっとわたしはそうしない。
 遥人と恋仲になりそうだった瞬間も、今は忘れられずにいるけれど、徐々に薄れてゆくだろう。
 思い出の中の夏はまぶしくて、幼い仲間は愛おしくて、でもこれから彼らが見せてくれるライブはきっともっとまぶしい。
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