シークレット・サマー ~この世界に君がいるから~
 先輩の一人が手を挙げて、そのバンドのメンバーである亜依はドラムセットの内側に座る。
 始まりの合図。
 やや粗削りな感じのスネア、安定したバスドラ、華やかなハイハットシンバル。
 亜依が刻むビートに、先輩たちの音が乗る。強いピッキング。
 スタンドのボーカルマイクに両手を載せて、目を閉じた先輩が歌い出す。
 よくできた模倣。
 名曲は裏切らない。心打たれる。誰が歌っても、いい歌はいい。
 だけど、その演奏が素敵であればあるほど、わたしはもどかしく思う。

 三人なら、もっと鮮やかな音を奏でられるんだよ。
 8ビートも、16ビートも、まるで初めてこの世に生まれたリズムのように。
 亜依が航と遥人を従えて、ぐんぐん引っ張る。オーディエンスは興奮して、置いていかれまいと手を伸ばす。
 前へ。前へ。ここじゃないどこかへ。
 どこかへ連れていってくれる音を、トライクロマティックは作り出す。
 ライブハウスを飛び出して、小さな町、小さな都市、小さな国の上空を滑空する。
 トリップか、トラベルか、ジャーニーか、どの言葉が当てはまるのかわからないけれど。
 一曲一曲が短い旅で、セットリストは旅程表だ。
 ライブが終わると、同じ場所に戻ってきたのに違う自分になっている。
 ライブの前の日々も、翌日から続く日々も、全てひっくるめて永い旅のような、不思議な心地にさせる。
 そういう音なんだ。
 力を秘めた音なんだ。
 わたしは知ってる。求めてる。
 だから、寄り道なんかしないで、三人になって。三人を、始めて。
 時間がもったいない。
 早く始めてよ。
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