泣かないで、楓
 稽古開始から約一ヶ月後、僕は初めてヒーローショーの初舞台を踏んだ。ショーの初デビューは、戦闘員の役だった。

 色鮮やかな5人のヒーローに、こてんぱんにやられる役。それでも、嬉しかった。十数年前は客席で見ていたショーに、自分が出ている。それだけで、満足だった。

×××  ×××  ×××

 しかし、舞台デビューしてから、三か月が経った今。僕は未だに、ヒーローになれていない。ずっと戦闘員の役だ。実力の世界なので、その事については何も言えない。今日も先輩ヒーローたちに、コテンパンにやられるのか。

 そんな事を考えながら、薄汚れた鏡の前で、ハァ、と重いため息をつく。

「あっ! やっばぁ!!」

 奥の部屋から、楓の雄叫びが聞こえた。

「どこ? どこ? 剣はどこや!?」

 その声は、僕のいる洗面所に近づいてきた。ダンダン、と言う強い足音を響かせながら。

「アンタ、悠長に髪なんか洗ってないで、一緒に探してーな」

 楓はギュッと唇をかみ締めながら、洗面所へとやってきた。お前が髪を直せって言ったんだろ。僕は心の中でそう思いながら、蛇口をひねり、水を止めた。

「何の剣が無いの?」
「怪人が使う、でっかい剣や」
「ちゃんと確認はした?」

 僕はポケットから小さなタオルを取り出し、顔や髪を拭きながら、楓に聞いた。

「したわ。朝に見たモンが、消えたから困っとるんや」
「勘違いじゃないの?」
「アンタと一緒にせんといて。ウチはしっかりしとるから」

 楓は鼻の穴をピクピクと膨らまし、息荒げに答えた。
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